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大阪地方裁判所 平成3年(ワ)9482号 判決 1993年5月27日

アメリカ合衆国ウィスコンシン州マディソン

原告

ウィスコンシン・アルムニ・リサーチ・ファウンデーシン

右代表者

ジョン・アール・パイク

右訴訟代理人弁護士

福田親男

尾﨑英男

右輔佐人弁理士

川崎隆夫

大阪市旭区赤川一丁目四番二五号

被告

沢井製薬株式会社

右代表者代表取締役

澤井弘行

右訴訟代理人弁護士

井窪保彦

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求の趣旨

被告は原告に対し、金三八四〇万円及び内金一八四〇万円に対する平成三年一一月二七日(訴状送達日の翌日)から、内金二〇〇〇万円に対する平成四年一二月一八日(訴えの一部取下げと追加的変更申立書送達日の翌日)から各支払済みまで年五分の割合による金員(民法所定の遅延損害金)を支払え。

第二  事案の概要

一  原告の権利(争いがない)

1  原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許請求の範囲2項の発明を「本件発明」という。)を有していた。

(一) 発明の名称 1α-ヒドロキシコレカルシフエロールの製造法

(二) 出願日 昭和四七年一二月一日(特願昭四七-一二〇五六〇)

(三) 優先権主張 一九七一年(昭和四六年)一二月二日アメリカ合衆国(以下「米国」という。)出願に基づく

(四) 出願公告日 昭和五六年一二月二四日(特公昭五六-五四三一五)

(五) 登録日 昭和五七年九月一六日

(六) 特許番号 第一一一三九七一号

(七) 特許請求の範囲(以下2項を「本件特許請求の範囲」という。)

「1 1α・3β-ジアセトキシ-コレスタン-5・7-ジエンを紫外線で照射することにより1α・3β-ジアセトキシプレビタミンD3に変換することよりなる1α・3β-ジアセトキシプレビタミンD3の製造方法。2 1α・3β-ジアセトキシ-コレスタン-5・7-ジエンを紫外線で照射することにより1α・3β-ジアセトキシプレビタミンD3に変換し、このプレビタミンD3を室温で暗所に放置して自発的に1α・3β-ジアセトキシビタミンD3に異性化し、次にこの1α・3β-ジアセトキシビタミンD3を塩基性条件下で加水分解することよりなる1α-ヒドロキシビタミンD3の製造方法。」(別添特許公報(一)-以下「公報」という-参照)

2  本件特許権は、平成四年一二月一日期間満了により消滅した。

二  本件発明の目的物質の新規性(争いがない)

本件特許請求の範囲に目的物質として記載されている「1α-ヒドロキシビタミンD3」(アルファカルシドール)は、昭和四六年一二月二日(米国出願に基づく優先権主張日)当時、日本国内において公然知られた物でなかった。

三  被告の行為(争いがない)

被告は、平成二年七月以降本件特許権が期間満了により消滅するまでの間、業として、株式会社クラレ(以下「クラレ」という。)から別紙目録(一)記載の物件(以下「被告物件」という。)の原末を購入し、これを製剤して、該製剤を同目録記載の各商品名で活性型ビタミンD3製剤として販売していた。

本件発明の目的物質は、被告物件と同一物質である。

四  本件発明の構成要件とイ号方法の構成

1  本件発明の構成要件は、次のとおり分説するのが相当である。

(一) 1α・3β-ジアセトキシ-コレスタン-5・7-ジエンを原料化合物とすること。

(二) 右原料化合物を紫外線で照射することにより1α・3β-ジアセトキシプレビタミンD3に変換すること。

(三) このプレビタミンD3を室温で暗所に放置して自発的に1α・3β-ジアセトキシビタミンD3に異性化すること。

(四) 次にこの1α・3β-ジアセトキシビタミンD3を塩基性条件下で加水分解することにより目的物質1α-ヒドロキシビタミンD3を得ること。

(五) 目的物質1α-ヒドロキシビタミンD3の製造方法。

2  被告主張の被告物件の製造方法(以下「イ号方法」という。)は、別紙目録(二)記載のとおりであり、イ号方法の構成は、次のとおり分説するのが相当である(構成(一)及び(二)は争いがない。)。

(一) 1α-メトキシカルボニルオキシ-3β-ヒドロキシ-コレスタン-5・7-ジエンを原料化合物とする。

(二) 右原料化合物を紫外線で照射することにより、1α-メトキシカルボニルオキシプレビタミンD3に変換する。

(三) この1α-メトキシカルボニルオキシプレビタミンD3を摂氏八0度以下の温度で加熱して、1α-メトキシカルボニルオキシビタミンD3に異性化する。

(四) 次にこの1α-メトキシカルボニルオキシビタミンD3を水とメタノールの混合溶媒中、塩基性条件下で加溶媒分解することにより被告物件を得る。

(五) 被告物件の製造方法。

3  被告主張のイ号方法の具体的態様は、別紙目録(三)記載の反応過程により、1-(メトキシカルボニルオキシ)コレスタ-5、7-ジエン-3-オール(以下この項では「原料A」という。)から、次のとおり、光異性化・熱的異性化反応、加溶媒分解反応、さらに精製・乾燥の工程を経て被告物件を製造する方法である(乙一の1・2)。

(一) 光異性化・熱的異性化工程

原料Aをジエチルエーテルとヘキサンの混合溶媒に溶解し、水銀ランプにより紫外線を照射したのち、80℃以下の温度で加熱することにより、1-(メトキシカルボニルオキシ)-9、10、セココレスタ-5、(10)、6、8-トリエン-3-オール(以下この項では「中間体B」という。)を含む混合物を得る。

(二) 加溶媒分解工程

中間体Bを含む混合物と水酸化リチウムをメタノールと水の混合溶媒に溶解し、加溶媒分解する。ついで生成物をヘキサン-酢酸エチルの混合溶媒を用いた液体クロマトグラフィで分離し、粗の9、10、セココレスタ-5、7、10(19)-トリエン-1、3-ジオール(粗アルファカルシドール)を得る。

(三) 精製・乾燥工程

五  原告の請求の概要

被告物件は、特許法一〇四条により本件発明により製造された物と推定されることを理由に、実施料相当額の損害賠償を請求(内金請求)。

六  争点

1  クラレはイ号方法により被告物件を製造したか。

2  前項が肯定された場合、イ号方法は本件発明の技術的範囲に属さないといえるか。すなわち、

(一) イ号方法の原料化合物、中間原料及び異性化によって得られる化合物は、1α位にメトキシカルボニルオキシ基、3β位にヒドロキシル基を有する化合物であるが、これらは、本件発明の構成要件(一)、(二)、(三)にいう「1α・3β-ジアセトキシ」化合物と均等といえるか。

(二) イ号方法の構成(三)のプレビタミンD3の異性化手段「摂氏八〇度以下の温度で加熱して…異性化する」は、本件発明の構成要件(三)のプレビタミンD3の異性化手段「室温で暗所に放置して自発的に…異性化する」と均等といえるか。

(三) いわゆる包袋禁反言の法理により、原告の均等主張は許されないか。

3  被告が賠償責任を負担する場合、原告が受けた実施料相当損害金額。

第三  争点に関する当事者の主張

一  争点1(クラレはイ号方法により被告物件を製造したか)

1  被告の主張

(一) イ号方法の実施

クラレはイ号方法により被告物件を製造した。イ号方法の具体的態様は乙第一号証の1・2に記載のとおりである。イ号方法は、クラレが厚生大臣から医薬品の製造承認を受けた製法であり、同社の研究者等が東京工業大学の高橋孝志助教授の指導の下に昭和六一年から研究開発を進め、その成果に基づいて昭和六三年以降同社の中央研究所において合成研究を行なった結果開発された製法であり、平成三年一〇月に鳥取大学工学部で開催された日本化学会中国四国支部・同九州支部合同大会において発表されている。

(二) 原告の主張に対する反論

原告の主張は、イ号方法をなんとしてでも明細書の本件特許請求の範囲の記載文言に当てはめんとする意図に出た、特段の根拠に基づかない全くの憶測にすぎない。このような単なる憶測に対して、被告において本件特許請求の範囲に記載のないイ号方法の精製・乾燥工程に関する技術資料まで開示して反駁すべき義務は格別ないと考える(但し、被告は、乙一八を提出し、可能な範囲でイ号方法の精製・乾燥工程の内容も明らかにしている。)が、この点について原告主張の誤りを指摘すれば、次のとおりである。

(1) 混合溶媒の沸点について

原告の主張するように、ジエチルエーテルとヘキサンの混合溶媒の沸点は常圧(七六〇mmHg)下では摂氏六九度以上にはならない。しかし、反応容器内の圧力が高まればそれに伴って混合溶媒の沸点も高くなり、しかも、アルファカルシドールの製造が必ずしも常圧下で行われるとは限らない。そのため、クラレは、医薬品製造承認申請書において、若干の余裕をみて「80゜以下の温度で加熱することにより」と記載したのである。「加熱」はいたって簡単な操作であり、それによって反応時間が何十分の一にも短縮されるのであれば、工業的生産手段としてこれをプレビタミンの異性化に採用するのは当然であり、そのこと自体に何の不思議もない。

(2) イ号方法の反応条件について

原告は、イ号方法においてプレビタミンD3構造体の多くが未反応のまま反応溶液中に残存するような反応条件が採用されているのは、プロビタミンD3構造体の回収を考慮してのことであり、そのために原料化合物のプロビタミンD3構造体のみならず中間体のプレビタミンD3構造体にも加溶媒分解されにくい反応条件が採用されている旨主張する。しかし、この主張は、イ号方法の技術的特徴ないし意義を正しく理解していないことを示している。イ号方法においてプレビタミンD3構造体に加溶媒分解されにくい反応条件が採用されている理由は、目的物質である1α-ヒドロキシビタミンD3の分離回収を容易にするためであり、プロビタミンD3構造体の回収とは直接関係がない。つまり、加溶媒分解後に反応溶液中の1α-ヒドロキシビタミンD3はHPLCによって他の物質と分離されるのであるが、その際に1α-ヒドロキシビタミンD3の分離効率を良好にするためには、反応溶液中に1α-ヒドロキシビタミンD3と分離係数の近接する物質が存在しない方がよいことはいうまでもない。ところが、加溶媒分解されたプレビタミンD3構造体は、1α-ヒドロキシビタミンD3と分離係数が近似するため、イ号方法では、あえてプレビタミンD3構造体が加溶媒分解されにくい反応条件を採用しているのである。これはイ号方法の技術的特徴ないし意義の一つであり、このような製造方法の採用によって、HPLCによる分離効率の悪い他の製造方法に比べ、はるかに容易に高純度の1α-ヒドロキシビタミンD3を得ることができることになったのである。本来、ビタミンD3構造体、プレビタミンD3構造体、プロビタミンD3構造体の三つの物質は、この順序で加溶媒分解されやすく、プロビタミンD3構造体が最も加溶媒分解されにくい。その点から考えると、仮にプレビタミンD3構造体が加溶媒分解される条件を設定しても、同時にプロビタミンD3構造体は加溶媒分解されないように反応条件を設定することもできるから、プロビタミンD3構造体の回収とプレビタミンD3構造体を未反応のまま反応溶液中に残存させることとは何の関係もないのである。もともと、本件発明は、1α-ヒドロキシビタミンD3の工業的生産方法としては技術的に問題点が多いのであって、イ号方法は、そうした問題点を解決した、本件発明に比べてより工業的に優れた1α-ヒドロキシビタミンD3の生産方法なのである。すなわち、1α-ヒドロキシビタミンD3の製造工程において、光異性化反応の際にタキステロール等の異性体が発生するのを防ぎ、目的物質である1α-ヒドロキシビタミンD3の最終的な収率を高めるためには、むしろプロビタミンD3構造体からプレビタミンD3構造体への転化率を低く抑える必要があり、そのためには、更に原料化合物であるプロビタミンD3構造体を回収再使用できることが極めて重要な技術的課題となる。イ号方法は、この点に着眼し、1α位のヒドロキシル基をメトキシカルボニルオキシ基で保護したプロビタミンD3構造体を具体的製造工程の出発物質として用い、そのことによって右の技術的課題の解決を可能としているのであって、そこにこそイ号方法の最も重要な技術的な特徴ないし意義が存在するのである。

また、原告の主張するように、加溶媒分解後未反応のまま反応溶液中に残存するプレビタミンD3構造体を回収して再び1α-ヒドロキシビタミンD3に変換することも技術的には必ずしも不可能とはいえないし、そのようにすれば目的物質である1α-ヒドロキシビタミンD3の収量はさらに高くなるであろう。しかし、メトキシカルボニルオキシ基を有するプレビタミンD3構造体は分離効率が悪いため、これを回収するには面倒な手間をかけなければならない。また、プレビタミンD3構造体を加溶媒分解してから1α-ヒドロキシビタミンD3と分離してこれを回収することも考えられるが、これまたHPLCの分離効率が悪いために余計な手間がかかってしまう。これに対して、イ号方法では、わざわざそのような手間をかけなくとも、工業的に十分に採算がとれるため、未反応のまま反応溶液中に残存するプレビタミンD3構造体をそのまま廃棄しているのである。このように、クラレが加溶媒分解後に反応溶液中に残存するプレビタミンD3構造体を廃棄しているのは、あくまでも経済的見地からする判断であって、イ号方法の技術的意義ないし特徴とは直接関係のないことである。

(3) 製造指図書および製造記録書(乙八)の記載について

原告が主張の根拠として指摘する製造指図書および製造記録書(乙八)の「濃縮(1)/熱異性化反応」の項の「FM11用に製造していたサンプルを再結晶工程からあわせ、新しいロットの製品を得る。」という記載は、前回FM11用に製造していた1α-ヒドロキシビタミンD3の収量が計画量よりも少なかったため、それをFM12用に製造する1α-ヒドロキシビタミンD3と合せて、FM12用のロット番号に統一すべく、FM12の再結晶工程に加えるという意味である。これは単にロットナンバーを統一するための措置であり、原告が推測しているようなプレビタミンD3の再使用とは関係がない。仮に原告が主張するように、精製工程で分離された1α-ヒドロキシプレビタミンD3をそのまま室温で暗所に放置し、次回の製造時までに自然に時間をかけて異性化反応により大部分を1α-ヒドロキシビタミンD3に転化させ、次の製造時のロットと合せてこれを使用するのであれば、当然のことながら再結晶工程からではなくて、未反応のプレビタミンD3などと分離するために、その前の精製工程からこれを加えなければならないはずである。したがって、この点からみても原告の主張が失当であることが明らかとなる。

2  原告の主張

被告物件がイ号方法により製造された事実を証明する証拠として提出された、クラレ作成の医薬品製造承認申請書(乙一の2、以下この項では「申請書」という。)及び製造指図書および製造記録書(乙八、以下この項では「製造指図書」という。)は、以下に述べるとおり、いずれもその信用性に疑問がある。したがって、クラレがイ号方法により被告物件を製造した事実は立証されていない。

(一) 申請書の製造方法の欄には、イ号方法の熱的異性化工程の温度条件に関して、原料化合物(原料A)を「80゜以下の温度で加熱することにより」と記載されている。しかし、この記載は次の理由により信用できない。

(1) 申請書によれば、イ号方法の原料化合物(原料A)を溶解する溶媒はジエチルエーテルとヘキサンの混合物から成っており、ジエチルエーテルの沸点は摂氏三四・六度、ヘキサンの沸点は摂氏六九度(n-ヘキサンの場合。他のヘキサン異性体の場合沸点はさらに低い。)であるから、それらの混合溶媒の沸点はその組成比にもよるが、いずれにしても摂氏三四・六度と摂氏六九度の中間の温度となるはずであり、たとえ原料化合物(原料A)を溶解する混合溶媒を加熱沸騰させても、その温度は右の温度にしかなり得ない。それにもかかわらず、クラレが申請書で「80゜以下の温度」などと、いかにも「80°近傍の温度」であるかのような印象を与える表現を採用している理由は、将来原告から本件特許権侵害の主張をされた場合の対抗手段を考えたうえでのことと推測せざるを得ない。

(2) プレビタミンD3の溶液を加熱するとき、ビタミンD3が生成するが、逆にビタミンD3の溶液を加熱するときもプレビタミンD3が生成し、両者の間の反応は可逆的な熱平衡反応である。この反応は温度にのみ依存し、溶媒の種類、光、触媒などには影響されず、時間の経過とともにビタミンD3とプレビタミンD3が一定割合で混合溶液中に共存する平衡状態に達する。ケバリング(J.A.Keverling Buisman)らの論文「ビタミンDの化学的及び生物学的試験における異性化効果の評価 脂肪性ビタミンの分析 X」(Journal of Pharmaceutical Sciences 一九六八年八月号所載、甲一一)には、同人らがプレビタミンD3とビタミンD3の混合溶液中の各成分の含量比を定量する方法を考案し、この方法を用いて右熱平衡反応式の一次反応定数を求め、更に、この定数を使用して、純プレビタミンD3又は純ビタミンD3から出発して、それらを種々の温度状態においた時に熱的異性化反応が進行して平衡状態に達するまでに要する時間と、平衡状態でのビタミンD3とプレビタミンD3の含量比を計算した結果をまとめた別表記載の表が掲載されている。そして、これらのことは、本件特許出願の優先権主張日当時、ビタミンD等のステロイド化学の分野における平均水準の技術者すなわち当業者にとっては周知の技術常識であった。しかも、アルファカルシドールは大量生産される医薬品ではなく、実験室的規模で少量ずつ生産されるものであるから、当業者としては、なにも急いでプレビタミンD3の熱的異性化反応を行う必要は全くないのであって、以上の技術常識に照して、プレビタミンD3を摂氏八〇度に加熱して〇・一日で平衡状態に達して相対的な純度七八%の目的物質(ビタミンD3)を得るよりは、プレビタミンD3を摂氏二〇度で三〇日かけて放置し相対的な純度九三%の目的物質(ビタミンD3)を得る(別表参照)方が工業的にもより合理的な方法であるから、必ずやそのようにするはずである。そうすると、申請書の「80°以下の温度で加熱することにより」の記載は虚偽であり、被告物件の製造においても、本件発明と同様に紫外線を照射した原料化合物を室温で暗所に放置して自発的に異性化反応を行ったものと推測せざるを得ない。

(二) 製造指図書の「濃縮(1)/熱異性化反応」の項には、被告物件の製造に際して、還流温度六四℃で二時間ヘキサン還流をして熱的異性化反応を行なった旨の記載がある。しかし、この反応温度条件のもとでは、前記ケバリングらの論文に掲載の表(別表)によれば、プレビタミンD3構造体がビタミンD3構造体に変換した比率は多く見積もっても約八〇%程度にすぎない。したがって、イ号方法では、ヘキサン還流の終了時点で約二〇%ものプレビタミンD3が反応溶液中に残存していることになる。これは、被告の説明によれば、原料化合物プロビタミンD3構造体の回収を考慮してのことというが、被告の説明どおりとすれば、原料化合物プロビタミンD3構造体のみならず中間体プレビタミンD3構造体も加溶媒分解されにくい反応条件を採用し、その結果生じる分離しにくいプレビタミンD3は全部廃棄してしまうということになる。しかし、工業的見地からすれば、前記プレビタミンD3の残存量は、そのまま捨ててしまえるような少量とはいえず、被告の説明は到底信用できない。クラレは、イ号方法の精製工程で分離残存している1α-ヒドロキシプレビタミンD3をそのまま室温で暗所に放置し、次回製造時までに自然に時間をかけて熱的異性化反応によりその大部分を1α-ヒドロキシビタミンD3に転化させ、これを次回製造時のロットと合せて使用しているものと推測せざるを得ない。これによって、労せずして最終目的物質(1α-ヒドロキシビタミンD3)の生産量は10/8=一・二五倍になるのであるから、クラレも必ずやそのようにしているはずである。しかも、製造指図書の一頁中段「(10)再結晶」の項には、「FM11用に製造していたサンプルを再結晶工程からあわせ、新しいロットの製品を得る。」と記載されている。再結晶工程とは、1α-ヒドロキシビタミンD3を最終的に精製するための工程であるから、これに加えられる「FM11用に製造していたサンプル」も当然1α-ヒドロキシビタミンD3のはずであり、右の記載は原告の推測を裏付けるに十分である。

二  争点2(イ号方法は本件発明の技術的範囲に属さないといえるか)

1  被告の主張

(一) イ号方法と本件発明の相違

イ号方法は、本件発明と次の点で相違し、本件発明の技術的範囲に属さない。

(1) 原料化合物、中間原料及び異性化によって得られる物質の相違

本件発明における原料化合物(1α・3β-ジアセトキシ-コレスタン-5・7-ジエン)、中間原料(1α・3β-ジアセトキシプレビタミンD3)及び異性化によって得られる物質(1α・3β-ジアセトキシビタミンD3)は、いずれも1α位と3β位にアセトキシ基を有するジアセトキシ化合物である。これは、本件特許請求の範囲に明記されているところであるし、本件特許出願願書添付明細書の発明の詳細な説明にも、原料化合物、中間原料及び異性化によって得られる物質として、前記各物質以外の物質を開示し、あるいはそれらを示唆する記載はない。すなわち、本件発明は、明細書の発明の詳細な説明の「例」の欄(公報(2)頁3欄31行~(5)頁10欄23行)に記載され、かつ、「反応式」の欄((6)頁~(8)頁)に示されている化合物Ⅰ(コレステロール)から化合物ⅩⅣ(1α-ヒドロキシコレカルシフェロール)に至る十数工程に及ぶ工程のうち、化合物ⅩⅠ(1α・3β-ジアセトキシ-コレスタン-5・7-ジエン)から化合物ⅩⅡ(1α・3β-ジアセトキシ-プレビタミンD3)を得る工程((8)頁15欄ⅩⅠ→ⅩⅡ)を取り出して特許請求の範囲1項とし、また、右ⅩⅠ→ⅩⅡの工程から、さらに化合物ⅩⅢ(1α・3β-ジアセトキシビタミンD3)を経て化合物ⅩⅣ(1α-ヒドロキシコレカルシフェロール)を得る工程(ⅩⅠ→ⅩⅡ→ⅩⅢ→ⅩⅣ)を取り出して特許請求の範囲2項としたものであり、明細書の大部分は右「例」の記載によって占められており、それに先立つ箇所には右「例」の要約と目的物質に関する簡単な説明記載があるのみであり、右「例」に続く箇所にも目的物質の生物活性についての記載があるだけである。なお、右「例」の末尾に続けて「上記方法においては、本発明の範囲および精神を逸脱することなしに溶媒の量および種類における種々の変化をなしうること、そして反応温度および反応体の量の変化をなしうることが理解されなければならない。また、反応のあるものは異なった順序で行なうことができる。たとえば、化合物Ⅶを1・3-ジアセテートに変換し、ついでケタール官能基を除去することによって化合物Ⅷ(b)を得ることができる。加えて、別途方法がこの技術分野において熟練している者にとって自明である場合には、各種の所有成分を分離するためにそのような別途方法を使用することができる。」((5)頁10欄24~36行)と記載されている。しかし、ここでもケタール官能基(エチレンジオキシ基)を除去する工程(Ⅶ→Ⅷa)と、化合物Ⅶを1・3-ジアセテート化する、すなわち1α位と3β位にアセトキシ基を導入する工程(Ⅷa→Ⅷb)の順序を入れ替えることが具体的に記載されているだけで、それ以外には極めて抽象的な記述がされているにすぎない。かように、本件明細書の発明の詳細な説明には、「例」として具体的に記載されている方法以外には、化合物Ⅵ(粗製の6-エチレンジオキシ-1α・2α-オキシコレスタン-3-オン)を得た段階で、これを1・3-ジアセテートに変換して以後の工程が記載されているのみで、それ以外の記載は全く見当たらないのである。勿論、1α位又は3β位のいずれか一方にのみアセトキシ基を導入することに関しても、開示も示唆もない。

これに対し、イ号方法における原料化合物(1α-メトキシカルボニルオキシ-3β-ヒドロキシ-コレスタン-5・7-ジエン)、中間原料(1α-メトキシカルボニルオキシプレビタミンD3)及び異性化によって得られる物質(1α-メトキシカルボニルオキシビタミンD3)は、いずれも1α位にメトキシカルボニルオキシ基、3β位にヒドロキシル基を有する化合物であり、この点でイ号方法と本件発明は明確に相違する。

(2) プレビタミンD3の異性化手段の相違

本件特許請求の範囲には、プレビタミンD3の異性化手段として、「室温で暗所に放置して自発的に1α・3β-ジアセトキシビタミンD3に異性化し」と明記されている。そして、「室温」とは化学大辞典(乙二)によれば、「実験室内の温度、通常は一五~三〇℃の範囲をいうが、JISK〇〇五五〇では五~三五℃と規定している。」と定義されているとおり、それが一義的に一定温度を指す概念でないことは明らかである。したがって、右「室温で暗所に放置して自発的に…異性化し」が加熱、冷却といった人為的な温度調節操作を含まないものであることは明らかである。また、本件特許出願願書添付明細書の発明の詳細な説明にも、「…そして暗所中室温に一四日間放置した。一四日後に、1α・3β-ジアセトキシプレビタミンD3は定量的に1α・3β-ジアセトキシビタミンD3…に変換された」との記載(公報(5)頁9欄29~33行)があるのみで、温度調節操作に関する具体的記載は勿論、これを示唆する記載も一切ない。

これに対して、イ号方法のプレビタミンD3の異性化手段は、「摂氏八〇度以下の温度で加熱して…異性化する」のであり、「加熱」という人為的な温度調節操作が加えられる点で本件発明の異性化手段とは構成の上で明確に相違する。また、この構成の相違に加えて、プレビタミンD3の異性化において、「加熱」と「室温放置」とでは、原告も自認するように、平衡状態に達するまでの速度(時間)と平衡状態におけるビタミンD3の含量比において、前者(加熱)では、反応速度は速いが、平衡状態におけるビタミンD3の含量比は低下し、後者(室温放置)では、反応速度は著しく遅延するが、平衡状態におけるビタミンD3の含量比は高くなり、両者の間には明らかな逆相関関係が存在し、イ号方法と本件発明は、作用効果の点でも顕著に相違する。したがって、イ号方法の異性化手段と本件発明の異性化手段とは明らかに別異である。

更に、右「暗所」とは、遮光することを意味し、このような手段が採用されたのは、室温下で長時間かけて行われる本件発明の反応内容と技術的に密接に関連する。これに対し、加熱によって反応が短時間で終了してしまうイ号方法では、光異性化反応による影響を全く無視することができ、特にそのような操作は施されない。したがって、この点からも、イ号方法の異性化手段と本件発明の異性化手段の相違が明らかである。

(二) 原告の均等主張に対する反論

(1) 包袋禁反言の適用

【本件特許の出願経過】

原告は、昭和五一年八月二四日付手続補正書(甲一八の3)により、出願願書添付明細書の特許請求の範囲に原料化合物として示された「1α・3β-ジアセトキシ-コレスタン-5・7-ジエン」の記載を「1α・3β-ジアシルオキシ-コレスタン-5・7-ジエン」と補正した。これに対し、特許庁審査官は、昭和五四年一〇月八日付で、「上記日付の手続補正書に記載のジアシルオキシは、出願当初の明細書には記載されてなく、同明細書の記載からみて自明のこととも認められないので、この補正は明細書の要旨を変更するものと認められる。」との理由で補正の却下の決定(甲一八の10の1~4)をするとともに、昭和五五年五月一三日付で本件特許出願につき拒絶査定(甲一八の11)をした。そこで、原告は、昭和五五年九月一七日付で右拒絶査定を不服として審判請求(甲一八の12の1)をすると同時に、同日付手続補正書(甲一八の12の2)により、右原料化合物を、「1α、3β-ジアセトキシ-コレスタン-5、7-ジエン」と再度補正した。

また、原告は、出願願書添付明細書の特許請求の範囲1項(後記昭和五三年七月二六日付手続補正書〔甲一八の9〕により特許請求の範囲2項と入れ替えられた。)について、昭和五三年三月八日付拒絶理由通知書(甲一八の8)により特許庁審査官から、「特許請求の範囲第1番目に記載の発明において、プレビタミンD3を異性化する処理手段…が明記されていない。」との指摘を受けたため、前記昭和五三年七月二六日付手続補正書(甲一八の9)を提出し、その中でそれまで原料化合物プレビタミンD3の異性化の手段として「このプレビタミンD3を1α・3β-ジアシルオキシキシビタミンD3に異性化し、」と記載されていた部分を「このプレビタミンD3を室温で暗所に放置して自発的に1α・3β-ジアシルオキシビタミンD3に異性化し、」と補正した。

右各補正がされた結果、出願公告の決定がされ、本件特許の査定がされたことは明らかである。

【包袋禁反言の適用】

右本件特許請求の範囲の各補正の経過からみると、出願人たる原告が、本件特許出願の審査過程において、<1> 本件発明の原料化合物、中間原料及び異性化によって得られる物質の1α位と3β位の双方に存在するヒドロキシル基の双方に保護基としてアセトキシ基を導入する保護手段以外のもの、すなわちその一方(1α位か3β位)にのみ保護手段を導入する構成及びその保護手段をアセトキシ基とする以外のものとする構成並びに<2> 中間原料プレビタミンD3の異性化の手段を室温で暗所に放置して自発的に異性化する手段以外のもの、すなわち加熱等の人為的操作を加える構成を、いずれも含まないように意識的限定を行ったことは明らかである。

したがって、原告が、このように出願の審査過程において意識的限定を行った事項について、今さら本件訴訟において、右意識的限定で除外した範囲に含まれるイ号方法が本件発明と均等手段であり、イ号方法が本件発明の技術的範囲に属すると主張することは、いわゆる包袋禁反言の法理により許されない。

なお、被告としても、ビタミンD3の分野における本件発明の発明者デルーカ教授らの業績を認めるに吝かではないが、だからといって、本件特許権により保護されているのは、1α-ヒドロキシビタミンD3という新規物質そのものではなく、その特許請求の範囲に記載された特定の製造方法であることを忘れてはならない。また、原告は、本件訴訟において、一貫して本件特許出願当時の我が国の特許制度、特許庁の審査実務及び均等の成立をなかなか認めようとしない裁判所の姿勢を批判しているが、原告も、本件特許が出願当時の法制度や特許庁の審査実務に基づいて成立した事実までご破算にすることはできないはずである。仮に、原告主張のように、当時の法制度や特許庁の審査実務に何らかの不当な点があったとしても、それは本件発明以外の特許発明にも等しく適用され、原告もまたそれに従って本件特許を成立させたのであり、特許請求の範囲は、当該特許が成立した当時の法制度や特許庁の審査実務を前提に解釈されなければならないことは多言を要しないから、原告が今になってその前提自体を批判してみても、原告の主張するような本件特許請求の範囲の記載の拡張解釈の理由とはなり得ない。

(三) 原告の推考容易性主張に対する反論

(1) 結論

本件発明は、1α-ヒドロキシビタミンD3という新規物質そのものの発明ではなく、右物質の製造方法に関する発明であるから、仮に、本件で均等を問題とする余地があるとしても、目的物質1α-ヒドロキシビタミンD3の共通性の観点からだけではなく、それの生成に至る原料化合物、反応条件(反応工程)等の他の構成要素についても、対応するイ号方法の個々の構成が均等の成立要件、すなわち置換可能性(特許発明のいずれかの構成要素を機能を同じくする他のものに置き換えても、同一の作用効果を生ずること)及び置換容易性(前記のことが、特許出願当時における平均的水準の技術者すなわち当業者にとって容易に考えつくこと)を満たすか否かを判断すべきである。そのような見地に立ってみると、イ号方法は、以下に述べるとおり均等の成立要件を満たしていないから、本件発明と均等ということはできない。

(2) 原料化合物、中間原料及び異性化によって得られる物質

原告の主張は、要するに一般にビタミンD等のステロイド化学の分野において、ヒドロキシル基の保護手段は多数存在すること及び炭酸エステル型のアルコキシカルボニル基に属するエトキシカルボニルオキシ基等をヒドロキシル基の保護手段として用いる方法は、一般的な教科書類等によって、本件特許出願の優先権主張日当時当業者に広く認識されていたことを根拠とするものである。

しかし、本件発明が対象とする特定の化学反応において、メトキシカルボニルオキシ基をヒドロキシル基の保護手段として使用することが本件特許出願の優先権主張日当時当業者にとって容易に知り得るものであったということはできない。むしろ、原告提出の証拠によっても、メトキシカルボニルオキシ基を実際にヒドロキシル基の保護手段として使用した例は稀で(本件特許出願前の公知文献か否か判然としない「ソウル

パタイ編集 ヘブライ大学 エルサレム 一九七一年刊 『ヒドロキシル基の化学 その2』」〔甲一五〕にその使用が示唆されているにすぎない。)、特にメトキシカルボニルオキシ基をビタミンD等のステロイド化学の分野でヒドロキシル基の保護手段として用いたことを直接示す文献が存在しないことが明らかである。また、原告指摘の教科書類(甲一四、一七)には、ごく一般的な事項しか記述されていないのであるから、そこに書かれていることがあらゆる化学反応にあてはまるなどとは誰も考えない。特定の物質の特定の化学反応を実験もせずにこのような教科書類から知ろうとするのはもともと無理な話である。そのことを示す一例を本件事案に則して挙げると、P-トルエンスルホニル基はアセチル基、ベンゾイル基等と並んでヒドロキシル基の保護基として一般的に使用されているアシル基であるが、実際にこれをヒドロキシル基の保護手段として用いた化合物(1αヒドロキシプロビタミンD3ジトレシレート)を原料化合物としで、これに光異性化反応及び熱的異性化反応を行っても目的物質であるビタミンD3構造体(1αヒドロキシビタミンD3ジトレシレート)は生成しなかったとの実験結果が明らかにされている(乙一五)。このように、特定の化学反応について特定の保護基を使用できるかどうかは、結局は実際に実験をしてみなければ分らない。しかも、ビタミンD等のステロイド化合物において、e結合の方がa結合よりも反応性が高いという原告の主張は、反応性の大きさに影響を与える他の条件(置換基の位置や種類)が同一であるならば正しいといえよう。しかし、それらの条件が異なる場合にも同様に右の主張が妥当するかは疑問であり、少なくとも今日でもこの点については十分には解明されてはいない。ましてや、ステロイド化学の分野でメトキシカルボニルオキシ基がヒドロキシル基の保護手段とし使われていることを直接示す文献がなかった、本件特許出願の優先権主張日当時の状況のもとで、ステロイド化合物のヒドロキシル基の保護基としてメトキシカルボニルオキシ基を使用した場合に、3β位の保護基の方が1α位の保護基よりも反応性が高く早く離脱するなどという高度な技術内容を当業者が容易に推知し得たとは到底考えられない。なお、イ号方法において光異性化反応の出発物質として使用される一位にのみ保護基を有する化合物は、その前工程であるコレスタン骨格の22位に23位~27位の側鎖を導入する工程の反応の際に同時に三位のメトキシカルボニルオキシ基が離脱するのであって、イ号方法は一位と三位に保護基を有するプロビタミンD3を生成し、三位の保護基を先に外して光異性化反応に供しているわけではない。

しかも、イ号方法では、1α位にのみメトキシカルボニルオキシ基を有するプロビタミンD3構造体を出発物質として用いることによって、光異性化反応の際にタキステロール等の異性体が発生するのを防ぎ、未反応のプロビタミン構造体を結晶として回収し再使用することにより、目的物質である1α-ヒドロキシビタミンD3の最終的な収率を高めるという、本件発明とは異なる顕著な作用効果を奏しているのであって、これはもとより原告主張の特許回避の手段などではない。

したがって、イ号方法の原料化合物、中間原料及び異性化によって得られる物質と本件発明のそれらを均等ということはできない。

(2) 異性化手段

プレビタミンD3の異性化において、前述したように、「加熱」した場合と「室温放置」の場合とで、平衡状態に達するまでの速度(時間)と平衡状態におけるビタミンD3の含量比について、前者(加熱)では、反応速度は速いが、平衡状態におけるビタミンD3の含量比は低下し、後者(室温放置)では、反応速度は著しく遅延するが、平衡状態におけるビタミンD3の含量比は高かという、両者の間には明らかな逆相関関係が存在し、両者は作用効果の点でも顕著に相違する。

したがって、この点でもイ号方法の異性化手段と本件発明のそれを均等ということはできない。

2  原告の主張

【均等の主張】

(一) 本件発明の意義及び新規性・有用性

本件発明は、新規有用な物質である1α-ヒドロキシビタミンD3を当業者に周知の光異性化反応、熱的異性化反応及び加水分解反応で合成する方法の発明であり、この点ではイ号方法も全く同じである。したがって、本件事案は、均等論が適用されるべき典型的な事案である。均等論の適用が問題となる場合には、形式的にみる限り特許請求の範囲の記載文言とイ号物件(方法)を文章化した場合の記述文言との間には必ず差異があるのであり、両者を比較検討する際、この文言の相違にだけ目を奪われると、無意識に相違点以外の構成要件要素はすべて公知で相違点にのみ当該特許発明の技術的意義ないし技術的要部があるかのような誤った先入観をもって判断をすることになり、事の本質を見誤ることになりかねない。したがって、正確な判断をするためには、イ号方法の個々の構成要素について均等要件の成否を論じる以前に、まずより広い視点に立って、本件発明の技術的・歴史的背景とともに、その技術的意義ないし技術的要部を正しく把握しなければならない。これを詳述すれば、次のとおりである。

(1) 本件発明の技術的・歴史的背景

古くからクル病の治癒因子としてビタミンDが存在すること及びクル病は紫外線照射を行うと治癒することも知られていた。しかし、ビタミンDの効果と紫外線照射という物理作用の効果がどのような関係にあるのかは大きな謎とされていた。アメリカのウィスコンシン大学のステーンボックは、一九二四年にある種の食品に紫外線を照射するとクル病の治癒効果を生じることを発見し、この発見を契機にビタミンDの母体(プロビタミンD)が存在すると考えられるに至った。その後、ドイツのウィンダウスは、プロビタミンDがエルゴステロールと7-デヒドロコレステロールの二種類の物質であることをつきとめ、これらに紫外線を照射して得られる物質をそれぞれビタミンD2、ビタミンD3と命名する(ビタミンD1として最初につきとめられた物質は、後に純粋の単一物質でないことが判明したので、現在ビタミンD1という物質は存在しない。)とともに、一九三二年にビタミンD2の化学構造式を、一九三六年にビタミンD3の化学構造式をそれぞれ決定し、その結果ビタミンDの構造が分子レベルで判明した。更に、ウィンダウスは、コレステロールの化学構造式を決定し、コレステロールからプロビタミンD3(7-デヒドロコレステロール)を合成し、これに紫外線を照射してビタミンD3を得る方法を発見し、この方法はウィンダウスの方法として知られている。以後、プロビタミンD3を合成し、これに紫外線を照射してビタミンD3を得る反応過程についてさらに詳しい研究がなされ、プロビタミンD3に紫外線を照射することによって起る反応自体によって直接ビタミンD3が生じるのではなく、まずその前駆体であるプレビタミンD3が生成し、これがさらに熱エネルギーの付与によってビタミンD3に変換されることが明らかになった。ビタミンD3の分野におけるその次の研究の飛躍は、活性型ビタミンD3の発見、すなわち生体内で実際に有効な生物活性を示す物質の発見によってもたらされた。すなわち、食物に含まれて動物体内に摂取されたビタミンD3が体内で有効な作用をするときは、さらに化学構造が変化していることが発見されたのである。この発見をしたのが、本件発明の発明者であるウィスコンシン大学のデルーカ教授である。同教授は、生体内で様々に化学構造を変えるビタミンD3の代謝物を調べ、一九六八年にビタミンD3が生体内でその25位の水素原子がヒドロキシル基で置換された25-ヒドロキシビタミンD3となっていることを発見した。続いて、同教授は、一九七一年に初めてビタミンD3の生体内の最終活性代謝物が1α、25-ジヒドロキシビタミンD3すなわちビタミンD3分子のうち1α位と25位の水素原子がヒドロキシル基(OH基)で置換された物質であることを究明した。この画期的な発見はほとんど同時期に独立してイギリスのコディセックによってもなされた。この研究により、ビタミンD3は生体内代謝経路を経て最終的に1α、25-ジヒドロキシビタミンD3に変り、それから血液によって生体内の小腸組織、胃組織の標的細胞に運びばれ、そこで作用が発現することが発見されたのである。そして、この発見をステップとして、ビタミンD3の代謝調節の仕組及び活性型ビタミンD3の作用機序の解明、活性型ビタミンD3の臨床応用等のその後の研究が進展したのであり、デルーカ教授は、前記研究業績により斯界の世界的権威として知られている。同教授は、この発見によって新規物質である1α-ヒドロキシビタミンD3の有用性についての着想を得て、実際にこれを化学的に合成し、その生物活性の存在を確認した。その結果、本件発明の目的物質1α-ヒドロキシビタミンD3は、骨粗鬆症や慢性腎不全等の疾患におけるビタミンD代謝異常に伴う低カルシウム血症の改善等に効果を発揮する優れた医薬品として、人類の健康に多大の恩恵をもたらすことになったのである。

(2) 本件発明の技術的意義ないし技術的要部

均等の判断においては、特許請求の範囲の記載文言と対象侵害物件(方法)を文章化した場合の記述文言との間に必ず差異があり、その相違部分を、当該特許発明の技術的意義ないし技術的要部との関係で、重要であると評価すれば両者を異なるものと判断し、逆に重要でないと評価すれば両者を実質的には同一発明と判断することになる。したがって、均等の判断を正しく行うためには、まず当該特許発明の技術的意義ないし技術的要部を正しく認識することが必要になるのである。

これを本件についてみると、本件発明は、デルーカ教授によって活性型ビタミンD3の最終的構造が1α、25-ジヒドロキシビタミンD3と解明されたのと同じ一九七一年に同教授及びその研究室の研究者らによって完成された発明であり、活性型ビタミンD3は生体中に存在する天然物であるのに対し、1α-ヒドロキシビタミンD3は天然には存在しない新規物質であるため、その人工合成が着想され、研究の結果1α-ヒドロキシビタミンD3に天然のビタミンD3以上の生物活性があることが発見されたのである。天然のビタミンD3は食物として体内に摂取され、肝臓で25位がヒドロキシ化され、腎臓で1α位がヒドロキシ化されて活性型1α、25-ジヒドロキシビタミンD3になるのであるが、後の研究によれば、1α-ヒドロキシビタミンD3を体外から摂取すると、既に1α位にヒドロキシル基を有するため、腎臓機能の低下している患者にも有効であることが知られ、医薬品としての価値が非常に高められたのである。

本件特許出願願書添付の明細書に記載の実施例は、発明者のデルーカ教授らが一九七一年(昭和四六年)に実際に行なった実験の内容を詳細に記述したものであり、既知の物質コレステロールから新規の目的物質1α-ヒドロキシビタミンD3の生成に至る具体的な合成工程が記載されている(公報(2)頁3欄31行~(10)頁10欄2行、(6)~(8)頁の反応式)が、その中で開示されている物質のうち、本件特許出願の優先権主張日当時公知であった物質はコレステロールのみで、他の中間物質はすべて新規物質であった。また、この反応過程で用いられているプロビタミンD3→プレビタミンD3の光異性化反応及びプレビタミンD3→ビタミンD3の熱的異性化反応はいずれも当業者に周知の異性化手段であり、加水分解もまた当業者に周知のヒドロキシル基の保護基の除去手段である。

したがって、本件発明は、1α-ヒドロキシビタミンD3という未知の物質の重要性をはじめて発見し、これをコレステロールという既知の物質から化学的に周知の前記各手段(反応)を用いて人工的に合成した、いわゆる化学的類似方法であり、その技術的意義ないし技術的要部は、1α位にヒドロキシル基を導入し得るように修飾(保護)されたプロビタミンD3に対し、いずれも当業者に周知の光異性化反応、熱的異性化反応及び加水分解反応により1α-ヒドロキシビタミンD3を製造する点にある(物質特許制度の認められている米国では、デルーカ教授らのこの発明は、一九七一年一二月二日に米国特許商標庁に特許出願され、一九七三年六月二六日合衆国特許第三七四一九九六〇号として物質特許が与えられている。)。

(二) 均等と評価されるべき具体的理由

(1) イ号方法は、本件発明と均等な方法であり、本件発明の技術的範囲に属する。何故ならば、以下に述べるように、両方法の<1>原料化合物、中間原料及び異性化によって得られる物質及び<2>異性化手段を相互に置き換えてみても同じ目的物質が生成し、当業者は、本件発明を教示されれば、右置き換えを容易に推考することができるからである。

(2) 原料化合物、中間原料及び異性化によって得られる物質の置換可能性及び置換容易性

本件発明の原料化合物、中間原料及び異性化によって得られる物質は、いずれもその1α位と3β位の双方のヒドロキシル基の保護のためこれをアセトキシ基に置換したジアセトキシ化合物であるのに対し、イ号方法の原料化合物、中間原料及び異性化によって得られる物質は、いずれもその1α位のヒドロキシル基のみを保護するためこれをメトキシカルボニルオキシ基に置換した化合物である点で相違する。しかし、このヒドロキシル基の保護のために置換基を用いるのは、ヒドロキシル基が破壊されないようにこれを保護するのであるが、保護の必要のある反応は、光異性化反応より前の反応であって、保護の目的は本件発明の光異性化反応や熱的異性化反応とは関係がない。イ号方法においても、1α位のメトキシカルボニルオキシ基の目的、機能は光異性化反応より前の段階の反応においてヒドロキシル基を保護することにある。しかも、本件特許請求の範囲の保護手段であるアセトキシ基は最も典型的なヒドロキシル基の保護手段であり、これに対しイ号方法のメトキシカルボニルオキシ基も当業者に周知のヒドロキシル基の保護手段である。したがって、両者の保護手段の相違は本件発明の要部に対し何らの実質的相違をもたらすものではない。

本件特許出願の優先権主張日当時のビタミンD等のステロイド化学の分野におけるヒドロキシル基の置換反応に関する公知公用技術についてみると、当時既に次の文献が存在していた。

a H・J・E ローエンタール著「ステロイド化学における官能基の選択的反応と修飾」(「テトラヘドロン」第六巻一九五九年発行所載・甲一四)

この文献は、題名からも分るとおり、ステロイド骨格を有する物質の官能基、特にステロイド骨格に結合するヒドロキシル基の反応性、修飾(保護)について、一九五九年(昭和三四年)当時までに知られた知見を集めて整理した文献である。同書二九九頁には、「エステル、通常アセテートエステル、の生成は酸化反応のような酸性条件下で進行する諸反応からヒドロキシル基を保護するのに最も有用な方法である。」との記載があり、同書三〇〇頁には、「炭酸エステルの生成(通常ピリジン中クロロギ酸エチルとアルコールとの反応で生成)は、エカトリアル結合のアルコール基に特異的であることが報告されている。炭酸エステル類は酸性条件下や過酸の反応に安定であり、さらに興味深いことに熱分解により容易に分解してオレフィンを与える。」との記載がある。

b H・M フラワーズ著「ヒドロキシル基の化学 その2」第一八章「ヒドロキシル基の保護」第八節「カルバルコキシ・エステル」の項(ソウル パタイ編集 ヘブライ大学 エルサレム 一九七一年刊・甲一五)

この文献は、ヒドロキシル基の保護手段について総説的に説明した文献であり、同書一〇二〇頁には、「フェノール類のカルボメトキシ誘導体は、フェノールのアルカリ水溶液にクロロギ酸メチルを反応させるか、あるいは、フェノールのベンゼン溶液にクロロギ酸メチルとジメチルアミンを加えることによって調整する。」との記載があり、ヒドロキシル基の保護基としてメトキシカルボニルオキシ基を用いる具体例として注89の文献を引用しているが、同書一〇四二頁によれば、この引用文献は一九一九年に発行された文献である。

c 化学大辞典(昭和三五年九月三〇日、共立出版株式会社初版第一刷発行・甲一六)

クロル蟻酸エチルの項に、「多くの化合物と反応してそれぞれのエトキシカルボニル誘導体を生ずる。」との記載がある。

d 小竹無二雄監修「大有機化学 8 脂環式化合物皿」(昭和三三年九月一五日 株式会社朝倉書店初版発行・甲一七)

同書九七頁には、「置換基や置換原子が、このa-結合、e-結合のいずれに属するかによって、立体障害をうける度合がちがい、また遷移状態で特定の空間配列を要求せられるような反応ではその要求にかなうかどうかもちがってくる。したがって置換基がa-結合かe-結合かによって反応性にちがいがでてくる。」との記載があり、また、同頁から九八頁にかけて、「b・水酸基のアシル化とエステルの加水分解」と題して、「a-結合の原子や置換基はe-結合のものにくらべて他のa-結合の原子や置換基で遮蔽せられていて立体障害をうけている。このために反応中心がこの結合内にあるときは立体障害のためにe-結合に比して反応速度が小さくなる。このためa-水酸基はe-水酸基にくらべてエステル化されにくく、…(中略)…またエステルの加水分解もe-水酸基の方が容易に行われ、…(中略)…一般にステロイドのα、β水酸基のうちアシル化されやすくまたエステルの加水分解せられやすいものはいずれもe-結合に属する。したがってたとえば…(式略)…のように部分的に加水分解することもできる。」との記載がある。

これらの文献から窺われる当時の公知公用技術を纏めると、次のとおりである。すなわち、

イ ビタミンD等のステロイド化学の分野においては、化合物のヒドロキシル基を保護することは古くから当業者によって広く慣用的に行われ、その手段も多数存在した。

ロ 中でも最も典型的な保護手段はアセトキシ基等による酢酸エステルの生成によるものであるが、同時に炭酸エステルの生成による保護手段も周知であり、具体的にはエトキシカルボニルオキシ基を用いる方法が最もよく用いられていた。

ハ それ以外の炭酸エステルの生成による保護手段としては、メトキシカルボニルオキシ基を用いる例が既に一九一九年の文献にも報告されている。

ニ プロビタミンDのようにステロイド骨格を有する化合物では、1α位のヒドロキシル基よりも3β位のヒドロキシル基の方が反応性が良いことが化学的に周知であり、適当に条件を設定すれば、3β位のヒドロキシル基の保護手段を選択的に離脱させる選択的加水分解が可能である。

これらの知見を基礎知識として、かつ、本件発明の開示により、原料化合物1α・3β-ジアセトキシ-コレスタン5・7-ジエンの1α位と3β位の双方のヒドロキシル基を保護するためこれをアセトキシ基で置換したものの反応を教示されれば、当業者は、3β位のヒドロキシル基の保護手段のみを外した出発物質を光異性化反応に供し、かつ、保護手段としてアセトキシ基による酢酸エステルの生成による保護に代えて、炭酸エステルの生成による保護を用いることを容易に推考し得る。そこで、クラレは、本件発明の技術的範囲に属さないように見せかけるため、保護手段としての炭酸エステルの生成に通常使用される典型的なエトキシカルボニルオキシ基を使用せず、使用に伴い毒性ガス(ホスゲン)が発生して取扱の困難なクロロ蟻酸メチル(甲一六参照)を用いなければならないため、一般の教科書類にも余り触れられていないメトキシカルボニルオキシ基を、わざわざイ号方法の原料化合物、中間原料及び異性化によって得られる物質のヒドロキシル基の保護基として採用したのである。当業者は保護手段を必要としているのが光異性化反応以前の反応であることを明細書の記載から理解できるので、本件発明のように光異性化反応の時に出発物質に1α位、3β位とも保護手段が施されており、後で双方を離脱させることと、イ号方法のように光異性化反応の出発物質の1α位のみに保護手段が施されており、後に1α位の保護手段を離脱させることが、本件発明の実質において相違するものではないということは、当業者にとっては自明である。イ号方法においても光異性化反応に至る前の、ヒドロキシル基の保護を必要とする反応時には、1α位と3β位の両方に保護手段が施されていたのである。現に、平成三年四月二四日クラレからイ号方法の原料化合物として提供を受けた資料一〇〇ミリグラムの一部について中外製薬株式会社において分析した結果、1α位と3β位の双方にメトキシカルボニルオキシ基が存在する物質の混在が証明されている(甲一三)。したがって、イ号方法の原料化合物、中間原料及び異性化によって得られる物質と本件発明のそれらとの間の置換可能性及び置換容易性はこれを容易に認めることができる。

(3) 異性化手段の置換可能性及び置換容易性

本件特許出願の優先権主張日当時、既に、5-10、6-7、8-9位に二重結合を有するプレビタミンD3のセココレスタン骨格と5-6、7-8、10-19位に二重結合を有するビタミンD3のセココレスタン骨格は、熱エネルギー(温度)によって双方向に変換し得るものであり、時間が経過するとビタミンD3とプレビタミンD3が一定の割合で共存する状態で平衡状態に達すること、別表は、一九六七年に発表されたケバリング(Keverling)らの論文(ジャーナル・オブ・ファーマスーティカル・サイエンス五七巻八号 一九六八年一三二六頁)で示されたものを化学と生物一〇巻二号 一九七二年掲載の小林正の論文「ビタミンDの化学と生化学に関する最近の進歩」で引用されているものであるが、これは一〇〇%のプレビタミンD3又はビタミンD3をある温度状態においた時に熱的異性化反応が進行して平衡状態に達するまでに要する時間と、平衡状態におけるビタミンD3及びプレビタミンD3の存在比率を示しており、そのことは、本件特許出願の優先権主張日当時、ビタミンDの分野における当業者に広く認識されていた。

このように、光異性化反応及び熱的異性化反応は、ビタミンDの分野においては、当業者に周知の反応であり、その反応条件の選択の意味は当業者が容易に知り得ることであるから、どのような反応条件を選択するかは、本件発明の核心、すなわち周知の光異性化反応、熱的異性化反応を利用して新規有用な物質である1α-ヒドロキシビタミンD3を生成することからみれば、実質的な差異とはなり得ない。

したがって、異性化手段についても置換可能性及び置換容易性を認めることができる。

(4) 以上のとおり、ビタミンDの化学反応の分野において、<1> 反応物質のヒドロキシル基が破壊されないように、そのヒドロキシル基を他の基で置換して保護し、副反応を抑制することは、本件特許出願の優先権主張日前から当業者によって広く慣用的に行われており、この置換反応に用いられる基も、酢酸エステル型に属するアセトキシ基による最も典型的な場合のほかにも、炭酸エステル型に属するメトキシカルボニルオキシ基を用いる例が一九一九年刊行の文献中にも報告されており、それらの知見は本件特許出願の優先権主張日当時、既に当業者に周知の技術常識となっていた。また、<2> コレステロールからプロビタミンD3を合成し、これに紫外線を照射してビタミンD3を得る方法(ウィンダウスの方法)、プレビタミンD3の溶液を加熱するとき、ビタミンD3が生成するが、逆にビタミンD3の溶液を加熱するときもプレビタミンD3が生成し、両者の間の反応は可逆的な熱平衡反応であり、この反応は温度のみに依存し、溶媒の種類、光、触媒などには影響されず、時間の経過とともにビタミンD3とプレビタミンD3が一定割合で混合溶液中に共存する平衡状態に達するという知見、置換基を加水分解により除去する方法は、いずれも本件特許出願の優先権主張日当時当業者に周知の技術常識となっていた。したがって、当業者は、右<1>及び<2>の周知の技術常識をもとに、本件発明により、原料化合物1α・3β-ジアセトキシ-コレスタン-5・7-ジエンの1α位と3β位の双方のヒドロキシル基を保護するためこれをアセトキシ基で置換したものの反応(それに続く中間原料及び異性化によって得られる物質についても同じである。)を教示されれば、その3β位のヒドロキシル基の保護手段のみを外した出発物質を光異性化反応に供し、かつ、置換基としてアセトキシ基に代えてメトキシカルボニルオキシ基を用いることを容易に推考し得るし、プロビタミンD3及びプレビタミンD3の異性化手段についても、本件発明の核心が右のとおり周知の光異性化反応、熱的異性化反応、加水分解を利用して新規有用な物質である1α-ヒドロキシビタミンD3を生成する点にあることからみれば、本件発明とイ号方法の間に存する相違点は実質的な相違点とはなり得ず、それらはいずれも当業者にとって周知の慣用技術の選択事項にすぎない。したがって、イ号方法と本件発明の間に置換可能性及び置換容易性があることは明らかであり、両者は均等と評価されるべきである。

【被告の主張に対する反論】

均等論による発明の保護の必要性は、出願人が出願時に将来発生するであろうあらゆる侵害態様を予想して特許請求の範囲を起草することが不可能であり、出願人に不可能を強いてそれができなかったことを理由に権利保護を否定すべきではないというところにある。ところが、現実の特許庁の審査実務では、遺憾ながら本件特許出願の審査段階における補正却下決定、拒絶理由通知等にみられる審査官の判断内容からも明らかなように、例えば出発物質が実施例の置換基以外の置換基を含むように記載した補正ですら却下するというように、本件発明のような基本発明に対し、それにふさわしい権利を与えることを拒み、後発メーカーが既存の特許権の間をくぐりぬけて市場参入できるような狭い権利しか与えようとしないのがその実態である。このことは、これまでに幾度となく国際的な批判を受けてきた、我が国の特許出願審査の問題点を浮き彫りにするものであり、原告としては本件特許の審査段階における補正却下決定、拒絶理由通知等の審査官の判断は、全く法律上の根拠のない不当なものであったと考えている。

しかし、本件において、原告は、特許庁審査官のかような不当判断があったから包袋禁反言の適用がないと主張をしている訳ではない。原告は、均等判断に際し当業者の技術常識を正当に配慮すべきである、という至極当然のことを主張しているだけなのである。すなわち、これまで詳述してきたように、ビタミンD等のステロイド化学の分野の当業者にとって、ヒドロキシル基の保護手段はアセトキシ基だけでなく他にも周知慣用の手段が多数存在すること及び周知の熱的異性化反応は必ずしも室温暗所に放置するだけでなく加熱しても進行することは、いずれも争いようのない技術常識である。したがって、このような当業者の技術常識に照すならば、本件特許出願の審査段階における手続補正等の経過をみて、原料化合物として1α位と3β位の双方にアセトキシ基を有するプレビタミンD3構造体以外のプレビタミンD3構造体を用いて光異性化反応を行い、あるいは室温暗所に放置する以外の方法で熱的異性化反応を行うことについて、出願人たる原告が特許権取得の意思を放棄したと考えるとは思えないから、被告の主張は全く合理性を欠いている。

当業者の技術常識を考慮しない裁判は、非常識なものとなる。特許侵害訴訟事件において最も重要なことは、当業者の技術常識に合致した事実認定がなされるべきであるということである。本件に則していえば、イ号方法と本件特許請求の範囲に記載の方法とが完全には一致しないという形式論だけで、被告が本件特許権侵害の責任を免れることがあってはならないということである。本件事案は、当業者であれば誰でもイ号方法と本件発明が同一と考える事案であり、正真正銘均等論の適用を相当とする事案である。さればこそ、WIPOハーモナイゼーション条約の成立を目前に控えて、我が国における均等論の法形成にも大いに役立つ事案なのである。したがって、裁判所がもしこのような本件事案において均等論の適用を否定するならば、その判断は諸外国の批判を受けるのはもとより、産業界や特許実務家の意識ともますます乖離することになる。

現実的にも、出願人にとって、特許庁審査官の補正却下決定、拒絶理由通知等に対し、自らの法律上の正当性を主張して拒絶査定を受け、審判で争うことは大変な負担である。特許庁審査官の拒絶理由通知に対して出願人が手続補正をして特許請求の範囲を書き直した場合と、出願当初からそのような拒絶理由通知を受けないような特許請求の範囲の記載をしていた場合で、一方は侵害訴訟において均等論による救済を受け、他方は均等論による救済を否定される合理的な理由はない。特許請求の範囲について手続補正をしたということで機械的に均等論の適用を排除することは、もともと均等論自体を否定することに等しい。手続補正をしたこと自体が禁反言の根拠とされるべきではなく、むしろ、裁判所が、均等論によって特許権者に保護を与えるのが適切か否かを事案毎に判断すべきである。

三  争点3(本件特許権の実施料相当額)

1  原告の主張

平成二年七月の販売開始から本件特許権の存続期間の満了日である平成四年一二月一日までの間の被告物件の販売総額は、別紙目録(四)「被告のアルファカルシドール製剤販売額」記載のとおり、少なくとも合計五億九二一二万九〇〇〇円を下らない。すなわち、IMS統計(米国IMSインターナショナル社の日本支社である株式会社アイ・エム・エス・ジャパンが、日本国内の一六二の卸店を調査し、契約締結企業に提供しているデータである。これにより毎月のメーカー別、製品別の医薬品の売上を把握することができ、このデータは、全国の医薬品総販売高の約九三パーセントをカバーしていて、医薬品業界の大多数の企業が同社と契約を締結し利用している、極めて信用性の高いデータである。)によって、右の期間中の各月の被告物件の販売額を推計すると別紙目録(四)「被告のアルファカルシドール製剤販売額」記載のとおりとなり、それらを集計すると合計五億九二一二万九〇〇〇円となる。IMS統計には小規模問屋や直接ユーザーに納入される医薬品は含まれていないから、前記期間中の被告物件の販売総額が前記金額を下回らないことは明らかである。一方、原告は、一九七五年一一月一日付で、中外製薬株式会社との間に、本件特許を含む原告所有の特許権について実施許諾契約を締結し、同社は、右契約に基づき、昭和五六年一月から日本国内でアルファカルシドール製剤を製造販売している。同契約書第3条d項(1)(甲二六4頁)には、一九七八年一月一日以降最初の商業販売がなされる場合、医薬品分野のロイヤルティーは七%と規定されており、これは医薬品業界においてごく一般的かつ合理的な対価である(なお、中外製薬株式会社がアルファカルシドールの製造のために使用しているのは本件発明一件のみである。)。したがって、本件特許権の通常の実施料率は七%が相当である。以上によれば、被告の本件特許権侵害行為によって原告が被った損害額は前記販売総額五億九二一二万九〇〇〇円に七%を乗じた四一四四万九〇三〇円となるが(特許法一〇二条二項)、本訴においてはこの内三八四〇万円を請求する。

2  被告の主張

原告の損害額の計算は次の点で誤りがある。すなわち、IMS統計に掲載されているのは、薬価基準に収載された医薬品の単価に販売数量を乗じて得られた金額である。しかし、薬価基準に収載された価格を相当下回って医療機関に対し医薬品が現実に販売されていることは周知の事実である。したがって、原告主張の被告物件の販売価格は、実際の価額よりも過大に計上されていることになる。また、原告は、本件特許権の通常の実施料率を七%として計算しているが、その根拠とする中外製薬株式会社との間の実施許諾契約において、同社が実施許諾を受けている対象の中には本件特許権だけでなく、それに付随する多くの関連特許権も含まれているし、実施許諾の対象地域も日本国内に限らず全世界にまで及んでいる。更に、契約書上は同社が原告から取得したのは本件特許権の非独占的実施権とされているが、現実問題として我が国で本件特許権の実施を原告から許諾されたものは同社をおいて他にないから、同社は、実質的には日本国内で本件特許権を含む多くの特許権について、それらを独占的に実施する権利を原告から取得したことになる。だからこそ、同社は、七%もの著しく高率の実施料を原告に対して支払っているのである。したがって、本件において右実施料率を損害額算定の根拠とすることは不当である。

第四  争点に対する判断

一  争点1(クラレはイ号方法により被告物件を製造したか)

1  結論

証拠(乙一の1・2、三~一二、一六~一八)によれば、イ号方法(構成(一)及び(二)は争いがない。)は、クラレが厚生大臣から医薬品の製造承認を受けている被告物件の製法であり、同社の研究者等が東京工業大学の高橋孝志助教授の指導の下に昭和六一年から研究開発を進め、その成果に基づいて昭和六三年以降同社の中央研究所において合成研究を行なった結果開発された製法であること、及びクラレが製造販売した被告物件はイ号方法によって製造されたものであること、イ号方法の具体的態様は被告主張(第二の四3)のとおりであることが認められる。

2  原告の主張について

原告は、クラレがイ号方法により被告物件を製造していることを争い、クラレ作成の医薬品製造承認申請書(乙一の2、一八)中の原料化合物(原料A)を「80°以下の温度で加熱することにより」の記載は信用できず、イ号方法の具体的製造工程において、ヘキサン還流の終了時点で反応溶液中になお残存している約二〇%のプレビタミンD3の量は、そのまま捨ててしまえるような少量とはいえないから、イ号方法においても、精製工程で分離残存している1α-ヒドロキシプレビタミンD3をそのまま室温で暗所に放置し、次回の製造時までに自然に時間をかけて熱的異性化反応により大部分を1α-ヒドロキシビタミン瑛にD3転化させ、次の製造時のロットと合せて使用しているものと推測される旨主張する。しかしながら、原告の右主張はいずれも推測の域を出ないというほかなく、本件でクラレのイ号方法実施事実について、被告の立証は尽くされていると認められるから、原告の右主張は採用できない。

なお、原告は、イ号方法の構成(三)のうち「摂氏八〇度以下の温度」の点について、医薬品の製造方法の反応温度条件の記述としては内容が具体的に特定していないから、被告のイ号方法の開示は不十分である旨主張する。しかしながら、特許法一〇四条の生産方法の推定規定に基づき、特許権侵害を理由として提起された損害賠償請求訴訟において、被告が、同条による推定の効果を覆滅し、当該製造方法が原告の特許発明の技術的範囲に属さないことを主張立証するためには、願書添付明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定められる、本件発明の技術的範囲ないし構成要件と対比することができる程度に自己の製造方法を開示することを要し、かつ、それをもって足りると解するのが相当である。この見地からすれば、原料化合物、処理手段、目的物質の三要素からなることが一般的である医薬品の製造方法を開示するには、これらの要素のほか、特許請求の範囲にその他の特徴的事項の記載があれば、それに対応する事項を明確にすべきことになる。本件では、本件発明の構成要件(三)の「室温」もこの特徴的事項の一つであるが、そもそも「室温」とは、化学大辞典〔株式会社東京化学同人発行・乙二〕に「実験室内の温度、通常は一五~三〇℃の範囲をいうが、JISK〇〇五〇では五~三五℃と規定している。」と定義されているように、それ自体、時間・場所・建物構造等の諸要因に影響され、一義的に一定の絶対的温度に特定され得ない概念であるから、イ号方法の「摂氏八〇度以下の温度で加熱して」の文言で表現される内容と、本件特許請求の範囲の「室温で暗所に放置して自発的に」の記載で表現される内容を全体として対比考察すれば、前者が人為的な加熱の温度調節工程を含み、後者はこれを含まないという点で、両者を明確に区別することができるというべきであり、イ号方法の開示の程度で、イ号方法が本件発明の技術的範囲に属するか否かを検討することは十分に可能であると認められる。したがって、原告の右主張は採用できない。

二  争点2(イ号方法は本件発明の技術的範囲に属さないといえるか)

1  本件発明とイ号方法の対比

本件発明の構成要件とイ号方法を対比すると、(一) 本件発明における原料化合物(1α・3β-ジアセトキシ-コレスタン-5・7-ジエン)、中間原料(1α・3β-ジアセトキシプレビタミンD3)及び異性化によって得られる物質(1α・3β-ジアセトキシビタミンD3)は、いずれも1α位と3β位にアセトキシ基を有するジアセトキシ化合物である(本件発明の構成要件(一)ないし(三))のに対し、イ号方法では、原料化合物(1α-メトキシカルボニルオキシ-3β-ヒドロキシ-コレスタン-5・7-ジエン)、中間原料(1α-メトキシカルボニルオキシプレビタミンD3)及び異性化によって得られる物質(1α-メトキシカルボニルオキシビタミンD3)は、いずれも1α位にメトキシカルボニルオキシ基、3β位にヒドロキシル基を有する化合物である(イ号方法の構成(一)ないし(三))点で明確に相違し、また、<2> プレビタミンD3構造体からビタミンD3構造体に変換する異性化の手段について、本件発明においては、「室温で暗所に放置して自発的に……異性化する」(本件発明の構成要件(三))のに対し、イ号方法では、「摂氏八〇度以下の温度で加熱して…異性化する」ものであり(イ号方法の構成(三))、加熱という人為的温度調節操作を含むか否かの点で明確に相違することは、原告も自認するところである。

したがって、右各相違点について、いずれもイ号方法の構成が本件発明の構成要件といわゆる均等の関係にあると認められない限り、イ号方法は本件発明の技術的範囲に属しないことは明らかである。

2  原告の均等主張について

(結論)

原告は、<1> イ号方法の原料化合物(1α-メトキシカルボニルオキシ-3β-ヒドロキシーコレスタン-5・7-ジエン)、中間原料(1α-メトキシカルボニルオキシプレビタミンD3)及び異性化によって得られる物質(1α-メトキシカルボニルオキシビタミンD3)は、それぞれ本件発明における原料化合物(1α・3β-ジアセトキシ-コレスタン-5・7-ジエン)、中間原料(1α・3β-ジアセトキシプレビタミンD3)及び異性化によって得られる物質(1α・3β-ジアセトキシビタミンD3)と均等と、また、<2> イ号方法のプレビタミンD3からビタミンD3に変換する異性化手段「摂氏八〇度以下の温度で加熱して…異性化する」は、本件発明のその異性化手段「室温で暗所に放置して自発的に……異性化する」と均等と、いずれも評価されるべきであるから、結局、イ号方法は本件発明の技術的範囲に属するとして、前記(第三の二2【均等の主張】)のとおり縷々主張する。しかしながら、以下に述べるとおり、右原告主張は採用できず、イ号方法は本件発明の技術的範囲に属しないと認めるのが相当である。

(一) 本件特許の出願経過

原告は、本件特許出願後、拒絶理由通知及び拒絶査定を契機に次の(2)ないし(5)のとおり、願書添付明細書の特許請求の範囲の記載を補正した(甲一八の1~9、10の1~4、11、12の1・2、13)。

(1) 原告は、昭和四九年七月五日付手続補正書(甲一八の1)を提出し、特許請求の範囲の記載を全文訂正し、その結果、特許請求の範囲の記載は、「(1) 1α、3β-アセトキシ(ジアセトキシの誤記と認める。後記昭和五一年四月九日付拒絶理由通知書〔甲一八の2〕(6)頁(ネ)の項にも同旨の特許庁審査官の指摘がある。裁判所注記)-コレスタン-5・7-ジエンの溶液を紫外線で照射して、1α、3β-ジアセトキシープレコレカルシフェロールを生成し、該プレコレカルシフェロールを放置することによって1α、3β-ジアセトキシ-コレカルシフェロールに変換し、得られたコレカルシフェロール化合物を加水分解し、生成する1α-ヒドロキシ-コレカルシフェロールを回収することからなる1α-ヒドロキシコレカルシフェロールの製造法。(2) コレステロールをその6-ケト誘導体に変換し、該6-ケト誘導体からケタールを形成し、該ケタールを酸化しそして酸化生成物を2-ブロモ誘導体を経て△’化合物6-エチレンジオキシ-1-コレスタン-3-オンに変換し、該△’化合物を塩基性条件下にエポキシ化し、エポキシ化合物をリチウムアルミニウムヒドリドで還元して、生成する6-エチレンジオキシコレスタン-1α、3α-ジオールと6-エチレンジオキシコレスタン-1α、3β-ジオールとの混合物を回収し、該ジオールからケタール官能基を除去して対応の6-ケト化合物を得、該6-ケト化合物の両ヒドロキシル基をアセチル化しそして3αおよび3β異性体を分離し、3β異性体をナトリウムボロヒドリドで処理してケト官能基を還元しそして5α-コレスタン-1α、3β-ジアセトキシ-6-オールを回収し、得られたアルコールをオキシ塩化リンで処理して、該アルコールからヒドロキシル基を脱離し、生成する化合物の二重結合に隣接するC7炭素原子をブロム化し、ついでトリメチルホスファイトで処理しそして1α、3β-ジアセトキシ-コレスタン-5・7-ジエンを回収し、該5・7-ジエンを紫外線で照射しそして1α、3β-ジアセトキシプレビタミンD3を回収し、該プレビタミンを溶液中で室温および暗所において変換が完了するのに充分な時間放置することによって1α、3β-ジアセトキシビタミンD3に自発性変換させそして該ビタミンD3化合物を回収し、該ビタミンD3化合物を塩基性条件下に加水分解しそして1α-ヒドロキシコレカルシフェロールを回収することからなる、1α-ヒドロキシコレカルシフェロールの製造法。」と補正されていた。

(2) ところが、特許庁審査官は、昭和五一年四月九日付で、明細書の記載不備のため特許法三六条四項及び五項(昭和五〇年法律四六号による改正前のもの、以下同じ。)に規定する要件を満たしていない旨の拒絶理由通知をしたが、右記載事項不備の一つとして、「特許請求の範囲(2)の「そして3αおよび3β異性体を分離し」の記載に対応する記載が実施例に認められない。〔なお、実施例における記載(特に明細書第14頁第3~13行)には、3α異性体と3β異性体とを分離した記載があるとは認められない。前後の関係からみて、3α異性体と3β異性体とを分離する操作が必要であり、従ってそれを明記することが必要であると認められるので、実施例においてもそれを明記することが必要であると認められる点に留意されたい。〕」と指摘した(甲一八の2)。

これに対し、原告は、昭和五一年八月二四日付手続補正書(甲一八の3)を提出し、特許請求の範囲の記載を全文訂正し、特許請求の範囲の記載を、「(1) 1α、3β-ジアシルオキシ-コレスタン-5、7-ジエンを1α、3β-ジアシルオキシプレビタミンD3に変換(或は照射或はまた異性化)し、このプレビタミンD3を1α、3β-ジアシルオキシビタミンD3に異性化し、次にこの1α、3β-ジアシルオキシビタミンD3を加水分解することよりなる1α-ヒドロキシビタミンD3の製造方法。(2) 1α、3β-ジアシルオキシ-コレスタン-5・7-ジエンを1α、3β-ジアシルオキシプレビタミンD3に変換(或は照射或はまた異性化)することよりなる1α、3β-ジアシルオキシプレビタミンD3の製造方法。」と補正した。

そうすると、特許庁審査官は、昭和五一年一一月一日付で、明細書の記載不備のため特許法三六条四項及び五項に規定する要件を満たしていない旨の拒絶理由通知をし、「本願明細書は、補正箇所が非常に多いので、発明の要旨を不明瞭にするおそれが多い。全文補正明細書を提出されたい。」と指摘した(甲一八の4)。

これに対し、原告は、昭和五二年一月三一日付で意見書に代る手続補正書(甲一八の5)を提出したが、右手続補正書により補正された明細書の特許請求の範囲の記載については前記表現と同一であって訂正はない。

(3) しかし、再び特許庁審査官は、昭和五二年七月一一日付で、明細書の記載不備のため特許法三六条四項及び五項に規定する要件を満たしていない旨の拒絶理由通知をし、「1、特許請求の範囲の「変換(或は照射或はまた異性化)」の記載は意味が不明瞭である。1、発明の詳細な説明の項には、1α、3β-ジアセトキシ-コレスタン5、7-ジエンを紫外線で照射する場合の記載があるのみにもかかわらず、特許請求の範囲ではただ単に照射と記載されているにすぎず、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載が一致していない。」と指摘した(甲一八の6)。

これに対し、原告は、昭和五二年一一月二五日付手続補正書(甲一八の7)を提出し、特許請求の範囲の記載中右指摘にかかる部分について、「紫外線で照射することにより1α、3β-ジアシルオキシプレビタミンD3に変換」する旨明確に特定して補正し、その結果、特許請求の範囲の記載は、「(1)1α、3β-ジアシルオキシ-コレスタン-5、7-ジエンを紫外線で照射することにより1α、3β-ジアシルオキシプレビタミンD3に変換し、このプレビタミンD3を1α、3β-ジアシルオキシビタミンD3に異性化し、次にこの1α、3β-ジアシルォキシビタミンD3を加水分解することよりなる1α-ヒドロキシビタミンD3の製造方法。(2)1α、3β-ジアシルオキシ-コレスタン-5、7-ジエンを紫外線で照射することにより1α、3β-ジアシルオキシプレビタミンD3に変換することよりなる1α、3β-ジアシルオキシプレビタミンD3の製造方法」と補正された。

(4) しかしなおも、特許庁審査官は、昭和五三年三月八日付で、明細書の記載不備のため特許法三六条四項及び五項に規定する要件を満たしていない旨の拒絶理由通知をし、「特許請求の範囲第一番目に記載の発明において、プレビタミンD3を異性化する処理手段及び1α、3β-ジアシルオキシビタミンD3を加水分解する処理条件が明記されていない。」と指摘した(甲一八の8)。

これに対し、原告は、昭和五三年七月二六日付手続補正書(甲一八の9)を提出し、特許請求の範囲の記載中右指摘にかかる異性化する処理手段について「室温で暗所に放置して自発的に」異性化する旨明確に特定して補正するとともに、従前の1項を補正後の2項に、従前の2項を補正後の1項に入れ替え、補正後の特許請求の範囲の記載全文を、「(1)1α、3β-ジアシルオキシ-コレスタン-5、7-ジエンを紫外線で照射することにより1α、3β-ジアシルオキシプレビタミンD3に変換することよりなる1α、3β-ジアシルオキシプレビタミンD3の製造方法。(2)1α、3β-ジアシルオキシ-コレスタン-5、7-ジエンを紫外線で照射することにより1α、3β-ジアシルオキシプレビタミンD3に変換し、このプレビタミンD3を室温で暗所に放置して自発的に1α、3β-ジアシルオキシビタミンD3に異性化し、次にこの1α、3β-ジアシルオキシビタミンD3を塩基性条件下で加水分解することよりなる1α-ヒドロキシビタミンD3の製造方法。」と補正した。

(5) ところが、特許庁審査官は、いずれも昭和五四年一〇月八日付で、前記(2)ないし(4)の手続補正について、「上記日付の手続補正書に記載のジアシルオキシは、出願当初の明細書には記載されてなく、同明細書の記載からみて自明のこととも認められないので、この補正は明細書の要旨を変更するものと認められる。」との理由で補正却下の決定をし(甲一八の10の1~4)、続いて昭和五五年五月一三日付で、「この出願は昭和五三年三月八日付け及び昭和五二年七月一一日付け拒絶理由通知書(前記(3)(4)参照)に記載した理由によって拒絶をすべきものと認める。」との理由で拒絶査定をした(甲一八の11)。

これに対し、原告は、昭和五五年九月一七日付で審判請求をするとともに、同日付手続補正書(甲一八の12の2)添付の訂正明細書により、明細書の特許請求の範囲の記載中の「ジアシルオキシ」を全て「ジアセトキシ」と補正し、その結果現在の特許請求の範囲の記載と同一にした。

また、右審判請求書(甲一八の12の1)には、「本出願の拒絶査定理由は昭和五二年七月一一日付け、および同五三年三月八日付の拒絶理由通知書にそれぞれ記載された、本願特許請求の範囲の記載不備理由に基づくものであります。これは本出願人のなした手続補正書(昭和五一年八月二四日、同五二年一月三一日、同五二年一一月二四日および同五三年七月二六日付)が補正事項中の「ジアシルオキシ」なる記載が明細書の要旨を変更するものとしてそれぞれ却下されたことによるものであります。本出願人は前記却下補正書に対応する拒絶理由書の理由にそれぞれ対処する補正事項を別添の手続補正書の通り一括した訂正明細書の形で差出しましたので、本件拒絶査定理由は全て解消するものと信じます。よって、本件審判において特許法第一六二条の二の規定に基づく審査の上、請求の趣旨の通りの審決を求めます。」と記載されている。

(6) 右補正を受けて、特許庁審査官は、昭和五六年七月三日、本件特許出願につき出願公告の決定をし(甲一八の13)、前判示のとおり同年一二月二四日出願公告され、昭和五七年四月九日特許査定された。

(7) 以上で明らかなとおり、原告が均等を主張している、本件発明の構成要件(一)ないし(三)の「ジアセトキシ」化合物についても、同(三)の「室温で暗所に放置して自発的に…異性化する」手段についても、いずれも特許庁審査官の拒絶査定ないし拒絶理由通知を受けたため、出願人である原告がそれを回避して特許査定を受けるために意識的に限定ないし特定した文言内容である。

(二) 優先権主張日当時の公知公用技術

一般に、化学反応上活性で副反応を生じやすい化合物中のNH2基(アミノ基)やOH基(ヒドロキシル基)を保護し右副反応を抑制する目的で、これをアシルオキシ基で置換する方法は古くから知られていた(化学大辞典〔共立出版株式会社発行〕1巻八三頁)。

また、ドイツのウィンダウスは、プロビタミンDがエルゴステロールと7-デヒドロコレステロールの二種類の物質であることをつきとめ、これらに紫外線を照射して得られる物質をそれぞれビタミンD2、ビタミンD3と命名するとともに、一九三二年にビタミンD2の化学構造式を、一九三六年にビタミンD3の化学構造式をそれぞれ決定し、その結果ビタミンDの構造が分子レベルで判明した。ウィンダウスは、またコレステロールの化学構造式を決定し、コレステロールからプロビタミンD3(7-デヒドロコレステロール)を合成し、これに紫外線を照射してビタミンD3を得る方法は、本件特許出願の優先権主張日当時、ビタミンDの分野における当業者にウィンダウスの方法として広く知られていた(甲九、弁論の全趣旨)。

本件特許出願の優先権主張日当時、既に、5-10、6-7、8-9位に二重結合を有するプレビタミンD3のセココレスタン骨格と5-6、7-8、10-19位に二重結合を有するビタミンD3のセココレスタン骨格は、熱エネルギー(温度)によって双方向に変換し得るものであり、時間が経過するとビタミンD3とプレビタミンD3が一定の割合で共存する状態で平衡状態に達すること、別表は、一九六七年に発表されたケバリング(Keverling)らの論文(ジャーナル・オブ・ファーマスーティカル・サイエンス五七巻八号一九六八年一三二六頁)で示されたものを化学と生物一〇巻二号一九七二年掲載の小林正の論文「ビタミンDの化学と生化学に関する最近の進歩」で引用されているものであるが、これは一〇〇%のプレビタミンD3又はビタミンD3をある温度状態においた時に熱的異性化反応が進行して平衡状態に達するまでに要する時間と、平衡状態におけるビタミンD3及びプレビタミンD3の存在比率を示していることは、本件特許出願の優先権主張日当時、ビタミンDの分野における当業者に広く知られていた(甲一一、一二、弁論の全趣旨)。

ヒドロキシル基の置換基の除去法としては様々な方法が慣用技術として既に確立しており、その中でも酢酸エステルを用いたヒドロキシル基の置換基の除去法としては、塩基性触媒下の加水分解の方法が最も一般的であり、本件特許出願の優先権主張日当時、ビタミンDの分野における当業者に広く知られていた(弁論の全趣旨)。

(三) 明細書における本件発明の開示内容と公知技術の関係

(1) 開示内容

本件特許出願願書添付明細書の特許請求の範囲には、本件発明における原料化合物(1α・3β-ジアセトキシ-コレスタン-5・7-ジエン)、中間原料(1α・3β-ジアセトキシプレビタミンD3)及び異性化によって得られる物質(1α・3β-ジアセトキシビタミンD3)は、いずれも1α位と3β位にアセトキシ基を有するジアセトキシ化合物である旨明記されている。発明の詳細な説明にも、原料化合物、中間原料及び異性化によって得られる物質として、前記各物質以外の物質を開示し、あるいはそれらを示唆する記載はない。すなわち、本件発明は、明細書の発明の詳細な説明の「例」の欄(公報(2)頁3欄31行~(5)頁10欄23行)に記載され、かつ、「反応式」の欄((6)頁~(8)頁)に示されている化合物I(コレステロール)から化合物ⅩⅣ(1α-ヒドロキシコレカルシフェロール)に至る十数工程に及ぶ工程のうち、化合物ⅩⅠ(1α・3β-ジアセトキシ-コレスタン-5・7-ジエン)から化合物ⅩⅡ(1α・3β-ジアセトキシープレビタミンD3)を得る工程((8)頁15欄ⅩⅠ↓ⅩⅡ)を取り出して特許請求の範囲1項とし、また、右ⅩⅠ↓ⅩⅡの工程から、さらに化合物ⅩⅢ(1α・3β-ジアセトキシビタミンD3)を経て化合物ⅩⅣ(1α-ヒドロキシコレカルシフェロール)を得る工程(ⅩⅠ↓ⅩⅡ↓ⅩⅢ↓ⅩⅣ)を取り出して特許請求の範囲2項としたものであり、明細書の大部分は右「例」の記載によって占められており、それに先立つ箇所には右「例」の要約と目的物質に関する簡単な説明記載があるのみであり、右「例」に続く箇所にも目的物質分生物活性についての記載があるだけである。なお、右「例」の末尾に続けて「上記方法においては、本発明の範囲および精神を逸脱することなしに溶媒の量および種類における種々の変化をなしうること、そして反応温度および反応体の量の変化をなしうることが理解されなければならない。また、反応のあるものは異なった順序で行なうことができる。たとえば、化合物ⅩⅡを1・3-ジアセテートに変換し、ついでケタール官能基を除去することによって化合物Ⅷ(b)を得ることができる。加えて、別途方法がこの技術分野において熟練している者にとって自明である場合には、各種の所有成分を分離するためにそのような別途方法を使用することができる。」((5)頁10欄24~36行)と記載されているが、ここでもケタール官能基(エチレンジオキシ基)を除去する工程(Ⅶ↓Ⅷa)と、化合物Ⅶを1・3-ジアセテート化する、すなわち1α位と3β位にアセトキシ基を導入する工程(Ⅷa↓Ⅷb)の順序を入れ替えることが具体的に記載されているだけで、それ以外には極めて抽象的な記述がされているにすぎない。

また、プレビタミンD3の異性化手段については、特許請求の範囲に、「室温で暗所に放置して自発的に1α・3β-ジアセトキシビタミンD3に異性化し」と明記されている。「そして、発明の詳細な説明には、「…そして暗所中室温に一四日間放置した。一四日後に、1α・3β-ジアセトキシプレビタミンD3は定量的に1α・3β-ジアセトキシビタミンD3…に変換された」との記載(公報(5)頁9欄29~33行)があるのみで、温度調節操作に関する具体的記載は勿論、これを示唆する記載も一切ない。

(2) 公知技術からみた本件発明の開示内容

前記優先権主張日当時の公知公用技術に照らすと、本件発明の方法それ自体はいわゆる化学的類似方法であって、化学反応に供するプロビタミンD3のヒドロキシル基を保護するためこれをアセトキシ基で置換しておくこと(構成要件(一))、このプロビタミンD3構造体を紫外線で照射してそのプレビタミンD3構造体に変換すること(同(二))、このプレビタミンD3構造体を室温で暗所に放置して自発的にそのビタミンD3構造体に変換すること(同(三))、これを塩基性条件下で加水分解することにより目的物質であるビタミンD3を得ること(同(四))は、その化学的処理手段それ自体を抽象的類型的に取り上げれば、いずれも公知公用の技術に属するものであって、本件発明が特許された理由は、本件発明の目的物質である1α-ヒドロキシビタミンD3が新規かつ有益な物質であることに尽きることは明らかである。

ところが、本件特許出願願書添付明細書における本件発明の開示内容は前記(1)のとおりであって、新規物質である本件発明の目的物質1α-ヒドロキシビタミンD3及びその1α・3β-ジアセトキシ構造体並びにその前駆体であるそのプレビタミンD3構造体及びプロビタミンD3構造体が、本件発明の化学反応以外の点について、既知のビタミンD3構造体、プレビタミンD3構造体及びプロビタミンD3構造体と同様の化学反応を呈する物質であるか否かについて全く説明されていない。そればかりでなく、例えば、プレビタミンD3とビタミンD3は熱エネルギー(温度)によって双方向に変換し得るものであり、時間が経過するとビタミンD3とプレビタミンD3が一定の割合で共存する状態で平衡状態に達すること、そして一〇〇%のプレビタミンD3又はビタミンD3をある温度状態においた時に熱的異性化反応が進行して平衡状態に達するまでに要する時間と、平衡状態におけるビタミンD3及びプレビタミンD3の存在比率は別表記載のとおりとなることは当業者間では周知の知識であったから、当業者であれば、当然、本件発明の中間原料1α・3β-ジアセトキシプレビタミンD3と目的物質1α・3β-ジアセトキシビタミンD3との熱的異性化反応の関係も既知のプレビタミンD3構造体とビタミンD3構造体とほぼ同様になるものと推考するはずである。したがって、「室温で暗所に放置して…異性化する」方法の外、プレビタミンD3構造体の短時間の加熱により高収率のビタミンD3構造体の生成を得られることが明らかとなっていた(プレビタミンD3はわずか七分間一二〇℃の加熱でその六五%が、わずか三〇分間一〇〇℃の加熱でその七二%が、〇・五日間六〇℃の加熱でその八四%がビタミンD3に変換することが明らかにされていた。

〔別表参照〕)のであるから、当業者であれば例外なく、加熱して異性化することができるか否かを実験するのが当然であり、それができることが確認できたときは、それをも含む既知のプレビタミンD3構造体からビタミンD3構造体への熱的異性化反応を行う方法を開示し、その方法についても特許を受けることが当然予想されるのに、それらに関する開示も示唆もない。実施例も一四日間室温放置で生成したことのみであり、一四日間も放置する余裕があるのであれば、その間に十分加熱変換を試みることができたはずであるのにそれらに関する記載も全くない。結局、本件発明にかかる新規物質1α-ヒドロキシビタミンD3及びその1α・3β-ジアセトキシ構造体並びにその前駆体であるそのプレビタミンD3構造体及びプロビタミンD3構造体が、本件発明で開示されている化学反応以外の点において、既知のビタミンD3構造体、プレビタミンD3構造体及びプロビタミンD3構造体と同様の化学反応を呈する物質であるか否か、プレビタミンD3構造体からビタミンD3構造体への熱的異性化反応の関係が周知の別表のような熱的異性化反応の関係にあるか否かについて明細書に全く開示されていない。

(四) RIMAC特許発明の存在と本件発明との関係(乙一九、当裁判所に顕著)

(1) RIMAC特許発明の存在

リサーチ・インスティチュート・フォア・メディスン・アンド・ケミストリー・インコーポレイテッド(「RIMAC」と略称する。アメリカ合衆国法人)は、次の特許権(その発明を「RIMAC特許発明」という。)を有している。

発明の名称 1α-ヒドロキシビタミンD化合物の製造方法

出願日 昭和四九年一月九日(特願昭四九-五八五三)

優先権主張 一九七三年(昭和四八年)一月一〇日及び同年五月二一日の各米国出願に基づく

出願公告日 昭和五七年九月二九日(特公昭五七-四五七四〇)

登録日 昭和五八年一一月一四日

特許番号 第一一七五九〇二号

特許請求の範囲 別添特許公報(二)記載のとおり

(2) RIMAC特許発明と本件発明との関係

<1> RIMAC特許発明の特許請求の範囲に目的物質として記載されている「1α-ヒドロキシ-25-水素-ビタミンDまたはそのアシレート」のうち、式中R6、R7及びR9がすべて水素原子である物質は被告物件と同一物質(1α-ヒドロキシビタミンD3、アルファカルシドール)であり、昭和四八年一月一〇日(RIMAC特許発明の米国出願に基づく優先権主張日)当時、日本国内において公然知られた物でなかった。すなわち、本件発明及びRIMAC特許発明は、いずれも、1α-ヒドロキシビタミンD3(アルファカルシドール)の製造法に関するものであって、右目的物質が日本国内において公然知られる前に特許出願(いずれも米国出願に基づく優先権主張)された発明である。

<2> RIMAC特許発明の内容

目的物質を本件発明の目的物質と同一の1α-ヒドロキシビタミンD3(アルファカルシドール)の製造法に限定した場合における、RIMAC特許発明の構成要件は次のとおりである。

a 1α-ヒドロキシプレビタミンD3又はそのアシレートを原料化合物とする。

b 右原料化合物の熱的異性化により1α-ヒドロキシビタミンD3(アルファカルシドール)又はそのアシレートを生成させる。

<3> RIMAC特許発明と本件発明との関係

RIMAC特許発明の方法と本件発明の方法の実質的な差異は、プレビタミンD3からビタミンD3への異性化に際して、Ⅰ プレビタミンD3については、本件発明では1α位と3β位のヒドロキシル基を保護するため双方にアセトキシ基を導入したプレビタミンD3構造体を使用するのに対し、RIMAC特許発明では保護基を導入せず1α位と3β位のヒドロキシル基をそのままとしたプレビタミンD3或いはその片方のみ又はその双方をアセトキシ基を含む上位概念の広義のアシル基を導入したプレビタミンD3構造体を使用する点において、並びにⅡ 異性化手段については、本件発明では室温で暗所に放置して自発的に異性化するのに対し、RIMAC特許発明では加熱して異性化する点において明確に相違することは明らかである。

そして、本件特許出願願書添付明細書における本件発明についての開示内容は前記のとおりのものであるのに対し、RIMAC特許発明は、発明にかかる1αヒドロキシプレビタミンD3の熱的異性化に際し1α位のヒドロキシル基を保護基で置換しておかなくてもそのビタミンD3(アルファカルシドール)に変換できること、既知のプレビタミンD3構造体と同様の熱的異性化によりプレビタミンD3構造体に変換することなど、前記特許請求の範囲の記載に対応する技術内容を開示して特許されたものである事実に鑑みると、RIMAC特許発明の出願は本件特許出願の後願ではあるけれども、少くともRIMAC特許発明の技術的範囲に属する方法は本件発明の技術的範囲には含まれないと考えるのが相当である。

ところが、イ号方法は、1α位に広義のアシル基を導入したプレビタミンD3構造体を加熱して異性化することにより、そのビタミンD3構造体を生成させ、それを加溶媒分解して1α-ビタミンD3(アルファカルシドール)を製造するものであるから、RIMAC特許発明の技術的範囲に属するものと認められる(その詳細は原告も準備書面中で引用の当庁平成二年(ワ)第六一五九号事件判決参照)。

(五) まとめ

以上のとおり、(1) 本件特許出願後特許査定を受けるまでの間において、出願人たる原告は、本訴において均等を主張している「ジアセトキシ」化合物についても、「室温で暗所に放置して自発的に…異性化する」手段についても、いずれも特許庁審査官の拒絶査定ないし拒絶理由通知を受けた後、それを回避して特許査定を受けるために意識的に限定ないし特定した文言内容であること、(2) 本件特許出願の優先権主張日当時の公知公用技術に照らして考えると、本件発明の方法それ自体は公知公用の技術に属するいわゆる化学的類似方法であって、本件発明が特許された理由は、目的物質が新規かつ有益な物質である点のみであるにもかかわらず、本件特許出願願書添付明細書には、本件発明にかかる新規物質1α-ヒドロキシビタミンD3及びその1α・3β-ジアセトキシビタミンD3構造体並びにその前駆体であるそのプレビタミンD3構造体及びプロビタミンD3構造体が、本件発明の化学反応以外の点において、既知のビタミンD3構造体、プレビタミンD3構造体及びプロビタミンD3構造体と同様の化学反応を呈する物質であるか否か、そのプレビタミンD3構造体からビタミンD3構造体への熱的異性化反応の関係が周知の別表のような関係にあるか否かについて全く開示されていないこと、(3) 本件発明の目的物質が公知となる前に出願され、本件発明と類似の化学反応により本件発明の目的物質と同一物質を製造する方法に関するRIMAC特許発明が存在し、少くともRIMAC特許発明の技術的範囲に属する方法は本件発明の技術的範囲に属しないと考えられるところ、イ号方法はこのRIMAC特許発明の技術的範囲に属すると認められること、(4) 以上の諸点に鑑みると、イ号方法の原料化合物(1α-メトキシカルボニルオキシ-3β-ヒドロキシーコレスタン-5・7-ジエン)、中間原料(1α-メトキシカルボニルオキシプレビタミンD3)及び異性化によって得られる物質(1α-メトキシカルボニルオキシビタミンD3)が、それぞれ本件発明における原料化合物(1α・3β-ジアセトキシ-コレスタン-5・7-ジエン)、中間原料(1α・3β-ジアセトキシプレビタミンD3)及び異性化によって得られる物質(1α・3β-ジアセトキシビタミンD3)と均等と認めることも、また、イ号方法のプレビタミンD3からビタミンD3に変換する異性化手段「摂氏八〇度以下の温度で加熱して…異性化する」が、本件発明のその異性化手段「室温で暗所に放置して自発的に……異性化する」と均等と認めることも、到底不可能である。

原告は、本件発明の技術的意義ないし技術的要部が1α-ヒドロキシビタミンD3という未知の物質の重要性を初めて発見し、これをコレステロールという既知の物質から当業者に周知の光異性化反応、熱的異性化反応及び加水分解反応を用いて合成した化学的類似方法の点であることに鑑みれば、本件発明とイ号方法の間に存する構成上の相違点は実質的な相違点とはなり得ず、それらはいずれも当業者にとって置換可能な周知の慣用技術の選択事項にすぎないとして、本件がいわゆる均等論の適用されるべき典型的事案である旨力説する。しかしながら、いわゆる化学的類似方法において、その進歩性及び作用効果が、その方法で得られた化学物質(目的物質)の性質によって判断されるものとしても、本件特許がその新規物質に対してではなくその製造方法に対して与えられたものである以上、あくまでも両者の方法の構成をそれぞれ対比考察すべきことは理の当然であり、前記事実関係にある以上イ号方法が本件発明と均等と認めることは到底できない。

三  結論

以上のとおり、被告物件はイ号方法によって製造されたと認められるところ、イ号方法は本件発明の技術的範囲に属するとは認められないから、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

(裁判長裁判官 庵前重和 裁判官 小澤一郎 裁判官辻川靖夫は転補のため署名押印できない。 裁判長裁判官 庵前重和)

目録(一)

左記の化学構造を有するアルファカルシドールを一カプセル中左記重量分含有する左記商品名の製剤

一 商品名「ディーアルファカプセル0・25」

アルファカルシドール含有量 〇・二五μg

二 商品名「ディーアルファカプセル0・5」

アルファカルシドール含有量 〇・五μg

三 商品名「ディーアルファカプセル1」

アルファカルシドール含有量 一μg

(アルファカルシドールの化学構造)

<省略>

目録(二)

1α-メトキシカルボニルオキシ-3β-ヒドロキシ-コレスタン-5・7-ジェンを紫外線で照射することにより、1α-メトキシカルボニルオキシプレビタミンD3に変換し、この1α-メトキシカルボニルオキシプレビタミンD3を摂氏八〇度以下の温度で加熱して、1α-メトキシカルボニルオキシビタミンD3に異性化し、次にこの1α-メトキシカルボニルオキシビタミンD3を水とメタノールの混合溶媒中、塩基性条件下で加溶媒分解することよりなる1α-ヒドロキシビタミンD3の製造方法。

目録(三)

<省略>

目録(四)

被告のアルファカルシドール製剤販売額

<省略>

特許公報(一)

<19>日本国特許庁(JP) <11>特許出願公告

<12>特許公報(B2) 昭56-54315

<51>Int.Cl.3C 07 C 172/00 //A 61 K 31/59 識別記号 ADF 庁内整理番号 7430-4H 6617-4C <24><44>公告 昭和56年(1981)12月24日

発明の数 2

<54>1α-ヒドロキシコレカルシフエロールの製造法

<21>特願 昭47-120560

<22>出願 昭47(1972)12月1日

(前置審査に係属中)

公開 昭48-62750

<43>昭48(1973)9月1日

優先権主張 <32>1971年12月2日 <33>米国(US)

<31>204305

<72>発明者 ヘクター・フロイド・ドルカ

アメリカ合衆国ウイスコンシン州マジソン・ミノクア・クレツセント5130

<72>発明者 ハインリツヒ・コンスタンテイン・シユノーズ

アメリカ合衆国ウイスコンシン州ウオナキー・モリスコート・ルート1

<72>発明者 マイクル・フランシス・ホリツク

アメリカ合衆国ウイスコンシン州マジソン・サウス・ブルツクス・ストリート609

<72>発明者 エリツヒ・ジョセフ・セムラー

アメリカ合衆国ウイスコンシン州マジソン・サウス・ブルツクス・ストリート609

<71>出願人 ウイスコンシン・アルムニ・リサーチ・フアウンデーシヨン

アメリカ合衆国ウイスコンシン州マジソン・ノース・ウオルナツト・ストリート614

<74>代理人 弁理士 浅村皓 外1名

<37>特許請求の範囲

1 1α・3β-ジアセトキシ-コレスタン-5・7-ジエンを紫外線で照射することにより1α・3β-ジアセトキシプレビタミンD3に変換することよりなる1α・3β-ジアセトキシプレビタミンD3の製造方法。

2 1α・3β-ジアセトキシ-コレスタン-5・7-ジエンを紫外線で照射することにより1α・3β-ジアセトキシプレビタミンD3に変換し、このプレビタミンD3を室温で暗所に放置して自発的に1α・3β-ジアセトキシビタミンD3に異性化し、次にこの1α・3β-ジアセトキシビタミンD3を塩基性条件下で加水分解することよりなる1α-ヒドロキシビタミンD3の製造方法。

発明の詳細な説明

本発明はビタミンD様活性を有する化合物に関する。

更に詳しくは、本発明はビタミンD3の誘導体に関する。

更に特定的には、本発明は、コレステロールをその6-ケト誘導体に変換し、該6-ケト誘導体からケタールを形成し、該ケタールを酸化しそして酸化生成物を2-ブロモ誘導体を経て△'化合物6-エチレンジオキシ-1-コレスタン-3-オンに変換し、該△'化合物を塩基性条件下にエポキシ化し、エポキシ化合物をリチウムアルミニウムヒドリドで還元して、生成する6-エチレンジオキシコレスタン-1α・3α-ジオールと6-エチレンジオキシ-コレスタン-1α・3β-ジオールとの混合物を回収し、該ジオールからケタール官能基を除去して対応の6-ケト化合物を得、該6-ケト化合物の両方のとドロキシル基をアセチル化しそして3αおよび3β異性体を分離し、3β異性体をナトリウムボロヒドリドで処理してケト官能基を還元して5α-コレスタン-1α・3β-ジアセトキシ-6-オールを回収し、得られたアルコールをオキシ塩化リンで処理して該アルコールからヒドロシル基を脱離し、生成する化合物の二重結合に臨接するC7炭素原子をプロム化し、ついでトリメチルホスフアイトで処理し、そして1α・3β-ジアセトキシ-コレスタン-5・7-ジエンを回収し、そして該5・7-ジエンを紫外線で照射しそして1α・3β-ジアセトキシ-プレビタミンD3を回収し、該プレビタミンを溶液中で室温および暗所において変換が完了するのに充分な時間放置することによつて1α・3β-ジアセトキシビタミンD3に自発的に変換させそして該ビタミンD3化合物を回収し該ビタミンD3化合物を塩基性条件下に加水分解し、そして1α-ヒドロキシコレカルシフエロールを回収することからなる、1α-ヒドロキシコレカルシフエロールの製造法を提供する。

本発明はまた家禽または動物の飼料補助剤としてまたは食品添加剤としての1α-ヒドキシコレカルシフエロールの使用に関する。

カルシウム代謝の正常化が求められるような状態における各種のビタミンD3の適用はよく記述されている。そのような適用のうちで特別なものそして多分最も広く知られているものはビタミンD3(コレカルシフエロール)の抗くる病活性である。栄養補助剤としてのビタミンDの他の適用はまたよく確立されている。

本発明によりビタミンDの或る誘導体が見出され、これがビタミンD3より大きな生物学的活性を有することが判明した。この誘導体は1α-ヒドロキシコレカルシフエロールとして同定され、そして次の方法に従つて得られる。

以下の記載において、化合物につけられたローマ数字は後に示す本方法の反応式中一般式につけられた数字に等しい。

氷酢酸240ml中のコレステロール(60g)を攪拌しながら発煙硝酸4.5mlで滴下処理した。ついで混合物を氷-塩浴中で冷却し、そして追加発煙硝酸(390ml)を1時間かかつて加え、その後攪拌を更に0.5時間継続した。反応混合物をついで急速に吸引濾過し、残渣を氷酢酸570mlに取り、それに水107mlおよび亜鉛末(71g)を加え、蒸気浴上で1時間加熱した。更に10時間還流した後、反応混合物を水で希釈しそしてジエチルエーテルで抽出した。エーテル層を分離し、そして蒸発乾固した。残渣に100%エタノール400mlおよび濃塩酸85mlを加え、そして溶液を2時間還流した。ついで僅かの混濁を生じさせるのに充分な水を加え、そして生成物を結晶化せしめた。水性エタノールからの再結晶は純3β-ヒドロキシ-5α-コレスタン-6-オン(Ⅱ)25gを生成した。

3β-ヒドロキシ-5α-コレスタン-6-オン15gを67度-69度Cの範囲内で沸騰する再蒸留したスケリー・ビー(S kelly B)〔スケリー・オイル・カンパニー(S kelly Oil Company)によつて市販されている、石油に由来する基本的にn-ヘキサン〕500mlに加えた。この混合物に新たに蒸留したエチレングリコール50mlおよびp-トルエンスルホン酸1水和物(110mg)を、デーン・スターク・トラツプ(Dean-Stark trap)を付した1l容丸底フラスコ内で加えた。これをついで、トラツブから周期的に排液しつつ22時間還流した。この時点で反応混合物のマス・スペクトル分析は、出発物質が存在しないことを示した。混合物を冷却しそして酢酸ナトリウム(0.3g)を加えた。ヘキサン層を傾斜し、そして小量のエチルエーテルで希釈しそして2%酢酸ナトリウムで3回抽出した。エチレングリコール層を水で希釈しそしてエーテルで抽出した。このエーテル層を2%酢酸ナトリウムで2回洗滌し、そして上記のエーテル-ヘキサン層と合せた。これを蒸発乾固しそして白色の塊が得られた。酢酸メチルからの再結晶は6-エチレンジオキシ-5α-コレスタン-3β-オール(Ⅲ)12.6gを与えた。

6-エチレンジオキシ-5α-コレスタン-3β-オールをピリジンに溶かし、そしてCrO3(182g)を氷冷ピリジン(182ml)に加えることによつて予め製造した氷冷ピリジン-CrO3複合体に加えた。移すのを助けるために追加のピリジン(90ml)を使用した。混合物を室温になしそして10時間攪拌した。それをついで酢酸エチルで容量500mlとし、そして酢酸エチル中で泥状化したセライト〔ジヨンズ-マンスビル・カンパニー(Johns-Mansville Company)から市販されている硅藻土製品〕50gをつめた4cmカラムを通して濾過した。溶出は酢酸エチルで750mgが採取されるまで行なつた。これを酢酸エチル中で泥状化した中性アルミナ(100g)をつめた6cmカラムを通して濾過した。酢酸エチルで溶出して1200mlを採取した。溶液は蒸発によつて緑色がかつた固体を与えた。2×23.5cm(中性アルミナ50g、マイナス200メツシユ)カラムを製造した。このカラムに酢酸エチル40ml中の上記生成物を注入しついで酢酸エチルで溶出を行なつた。生成物は最初の150ml中に溶出して純粋な6-エチレンジオキシ-コレスタン-3-オン(Ⅳ)12.3gを与えた。

6-エチレンジオキシ-コレスタン-3-オン(10.0g)をテトラヒドロフラン(190ml)に溶かし、そしてアセトアミド(2.67g)を加えた。溶液を50Cに加熱し、そして酢酸3滴およびHBr 1滴を加えた。CCl4(7.0ml)中の臭素(3.61g)をそれが脱色される速度で加えた。僅かに黄色でありそしてHBr-アセトアミド複合体を含有する溶液を氷中で急速に冷却し、そして焼結ガラス濾過器を通して吸引濾過した。定量的な濾過を確実にするために酢酸エチル50mlを使用した。ついでこの溶液を酢酸エチル中で泥状化したアルミナの4cm(50g)カラムを通して瀘過した。ついで酢酸エチル75mlを加えた。溶液を蒸発乾固した。僅かに黄色の固体が得られ、それは2α-プロモ-6-エチレンジオキシ-コレスタン-3-オン(Ⅳa)と同定された。

かくして得られた2α-プロモ-6-エチレンジオキシ-コレスタン-3-オンをそのまゝ使用し、これをコリジン(40ml)に加え、そして窒素をそれに1時間通じた。それをついでなお窒素雰囲気下に1.5時間還流しそして冷却した。反応生成物2mlをエーテルで希釈しそして水で3回抽出した。エーテル層を蒸発乾固し、そして生成した物質をメタノール中で泥状化した直径3cmのセフアデックス(Sephadex)LH-20カラム(100g)〔セフアデックスLH-20はフアルマシア・フアイン・ケミカルズ・インコーポレーシヨン(Pharmacia Fine Chemicals Inc.)、ピスカツタウエイ(Piscataway)、ニユー・ジヤーシー(N、J.)から市販されているポリデキストランのヒドロキシプロビルエーテル誘導体である〕上に注入し、そして10mlずつの画分を採取した。シリカゲルG〔イーエム・ラボラトリーズ・インコーポレーシヨン(EM Laboratories、Inc.)、エルムスフオード(Elmsford)、ニユー・ヨーク(N.Y.)から市販されているシリカゲル製品〕および3:1シクロヘキサン-酢酸エチルを使用した薄層クロマトグラフイによつて各画分を分析した。画分25-33を貯えそして蒸発乾固した。この物質の核磁気共鳴スベクトルはα-プロモ化合物がなお存在していることを示した。画分25-33中の物質をコリジン40ml中で更に0.5時間還流させた。反応混合物を冷却させ、エーテルで希釈した後に水で3回抽出した。エーテル可溶性物質をついで澱厚な黒色ゴムが生成するまで真空下においた。生成物をメタノール中に取り、そして小量のエーテルを加えて溶解性を増加させた。冷却したとき、白色沈澱が生成した(2.4g)。これを繰返したとき、追加の1.6gが採取された。両方の沈澱は飽和および△'ステロールの混合物を生成した。第2の沈澱からの濾液を蒸発乾固し、ついで1:1 CHCl3-蒸留スケリソルブB10mlに取つた。これを同じ溶媒中で泥状化した直径4cmのセフアデックスLH-20カラム(300g)に注入した。10mlずつの画分をついで採取した。85:15シクロヘキサン-酢酸エチルを使用しシリカゲル上薄層クロマトグラフイによつて各画分を分析した。画分29-37を貯えそして蒸発乾固した。それらの貯えた画分をついで上記と同じカラムに再注入した。10mlずつの画分を採取しそして上記の如く分析した。画分25-36を貯えて、6-エチレンジオキシ-1-コレステン-3-オン(Ⅴ)と同定された生成物5.23gが生成した。

沈澱したステロール(4.0g)およびクロマトグラフイによつて得られたステロール(5.23g)を合せ、そしてp-ジオキサン(200ml)に溶かし、そして1N NaOH(50ml)を加えた。ついで30%H2O2(17ml)を攪拌しつつ1時間かかつて加えた。攪拌を20時間継続し、その後反応混合物を水で希釈しそしてエーテルと振盪した。エーテル層を分離しそして水で洗滌した。合せた水層を更に2回エーテル抽出し、そして2つのエーテル層を水で洗滌した。ついですべてのエーテル層を合せ、そして蒸発乾固した。NMR分析は若干のジオキサンが夾雑していることを示し、そして物質を再びエーテルに取り、そして水で抽出した。エーテルを蒸発して粗製の6-エチレンジオキシ-1α・2α-オキシコレスタン-3-オン(Ⅵ)8.3gが生成した。

粗エボキサイド(Ⅳ、8.8g)に、エーテル(140ml)および粉末LiAlH4(4.0g)を30分間かかつて加えた。混合物を還流加熱しそして1時間後に更にLiAlH4(0.5g)を加えた。全部で6時間の還流の後に、過剰のLiAlH4を中和するために酢酸エチルを加えた。これを更にエーテルで希釈し、そして飽和酒石酸カリウムナトリウム溶液で抽出した。水性層をエーテルで再びそしてついでジクロロメタンで抽出した。粗製6・6'-エチレンジオキシ-コレスタン-1α・3α-ジオールと6・6'-エチレンジオキシ-コレスタン-1α・3β-ジオールとの混合溶液を蒸発乾固し、そして1:1 CHCl3-スケリソルブB中で泥状化した4cmのセフアデックスLH-20カラム(300g)に注入した。10mlずつの画分を採取した。画分53-79を貯えて、6・6'-エチレンジオキシ-コレスタン-1α・3α-ジオールと6・6'-エチレンジオキシ-コレスタン-1α・3β-ジオールとの混合物(Ⅶ)2.1gを得た。

5α-コレスタン-6・6'-エチレンジオキシ-1α・3β-ジオールと5α-コレスタン-6・6'-エチレンジオキシ-1α・3α-ジオールとの混合物(Ⅶ)2.1gをメタノール20mlに溶かし、そしてp-トルエンスルホン酸100mg含有する95%エタノール20mlに加えた。これを25度Cで12時間反応させた。反応物を水性HaHCO3およびエーテルで抽出した。水性層をエーテルで2回抽出した。エーテル層を合せそしてフラツシユ蒸発によつて乾固した。生成物、5α-コレスタン-6-オン-1α・3α-ジオールと5α-コレスタン-6-オン-1α・3β-ジオールとの混合物(Ⅶa)を無水酢酸50mlおよびピリジン5mlに溶かすことによつてアセチル化した。アセチル化は40度Cで48時間行なつた。反応物をジエチルエーテルおよび水(pH-4、硫酸で)で抽出した。エーテル層を採取し、そして水性層をジエチルエーテルで2回抽出した。エーテル層を合せ、そして窒素ガス下に乾燥させた。生成物、5α-コレスタン-1α・3α-ジアセトキシ-6-オンと5α-コレスタン-1α・3β-ジアセトキシ-6-オンとの混合物(Ⅶb)をメタノールから分別結晶化させた。メタノールから最初に晶出する結晶1.6gを採取した。この結晶は主として3α-異性体であり、若干の3β-異性体を含有した。前記結晶を採取した後に、メタノールから次いで晶出する結晶0.6gを採取した。この結晶は98%以上で3β-異性体を含有した。

5α-コレスタン-1α・3β-ジアセトキシ-6-オン0.6gをイソプロパノール40mlに溶かした。NaBH4100mgを含有するイソプロパノール10mlを加え、そして反応混合物を25度Cで12時間攪拌した。水pH-4を加えることによつて反応を停止させた。水性層をジエチルエーテルで3回抽出した。約0.6gの5α-コレスタン-1α・3β-ジアセトキシ-6-オール(IX)が回収された(収率98%)。

化合物IX 45mgをピリジン10mlに溶かしそして氷浴中で4度Cにした。POCl30.2mlを激しく攪拌した反応混合物に2分間かかつて滴下した。2分間が経過後、反応物を25度Cに更に4時間おいた。反応混合物をジエチルエーテルー水(pH-4)で抽出した。エーテル層を採取しそして水性層をジエチルエーテルで更に2回抽出した。エーテル層を合せそして窒素ガス下に乾燥して、1α・3β-ジアセトキシコレステロール(X)40mgが生成した(収率90%)。

化合物X20mgを1:1スケリソルブB(主にn-ヘキサン、沸点67-69度C)-ベンゼン1.5mlに溶かし、そして72度Cの水浴中においた。0.5M(11.7mg)のN・N'-ジメチルジプロモヒダントインを加えそして反応を10分間継続した。10分後に反応物を氷上に2分間おき、ついで濾過した。濾液を採取し、そして沈澱を冷スケリソルブB0.2mlで2回洗滌した。濾液および洗液を合せ、そして窒素ガス下に乾燥した。生成物、1α・3β-ジァセトキシ-7-プロモーコレステロール(X(a))20mgをキシレン0.4mlに溶かし、そしてトリメチルホスフアイト0.1mlおよびキシレン0.3mlを含有する溶液に135度Cで2分間かかつて加えた。反応を135度Cで90分間継続し、ついで窒素ガス下に乾燥した。1α・3β-ジアセトキシ-コレスタン-4.7-ジエンを不純物として含有する生成物を3:1スケリソルブB-ジエチルエーテル0.3mlに溶かし、そして同溶媒中の中性アルミナ10gを含有する2×20cmガラスカラムに注入した。カラムをパツチ方式で3:1スケリソルブB-Et2O110mlついで1:1スケリソルブB-Et2O400mlで溶出した。1α・3β-ジアセトキシ-コレスタン-5・7-ジエン(XI)600μgが回収された。

XIの照射は、この化合物をエーテル400mlに溶かしついでハノビア(Hanovia)高圧石英水銀蒸気ランプ(モデル654A)からの照射に1分間さらすプラント(Blunt)およびデルカ(DeLuca)の方法〔バイオケミストリー(Biochemistry)8:671(1969)〕に従つて行なつた。照射は二重に囲つた水冷の石英浸漬泉(quartz immersion well)をかこむジャケツト中で行ない、そして照射のあいだ中エーテル溶液を激しく攪拌しそして窒素でフラヅシユした。生成物はスケリソルブB-Et2Oの1:4溶液0.1ml中で、セライト(ジヨーンズ・マンスビル・カンパニーから市販されている硅藻土製品)1gおよび硅酸を含浸したAgNO35gを含有する1×10cmカラムに注入した。カラムをパツチ方式で1:4スケリソルブB-Et2O60ml、ついで1:1スケリソルブB-Et2O100mlで溶出した。10mlずつの画分を順次管に採取した。最初より第7番目の管すなわち60~70mlの溶出液区分は1α・3β-ジアセトキシ-プレビタミンD3(XI)約120μgを含有した。

60~70mlの溶出液区分をN2下に蒸発させることにより溶媒を除去して得られた1α・3β-ジアセトキシ-プレビタミンD3を次にトルエン2mlに溶解し、窒素をフラツシユしそして暗所中室温に14日間放置した。14日後に、1α・3β-ジアセトキシ-プレビタミンD3は定量的に1α・3β-ジアセトキシビタミンD3(XI)に変換された。

この化合物(XIII)30μgを1000:1エタノール飽和水性KOH 0.55ml中でケン化しそして30分間還流した。反応物を水:CHCl3で抽出した。CHCl3層を採取しそして窒素下に乾燥した。ケン化は定量的であつた。

生成物を1:1スケリソルブB:CHCl30.1mlに溶かしそしてホリツク(Holick)およびデルカ〔ジヤーナル・オブ・リビツド・リサーチ(J. Lipid Res.)12:460(1971)〕の方法に従つて同じ溶媒中で泥状化した20gのセフアデックスLH-20のカラムに注入して、1α-ヒドロキシ-コレカルシフエロール(XIV)が生成した。収量:約24μg(ミクログラム)、融点:129~130.5°;紫外線吸収(エタノール中)λmax265nm(ε=18000):質量スベクトルm/e(相対度):400(16、分子イオン)、382(11)、287(7)、269(6)、251(5)、152(37)、135(42)、134(100):nmrスベクトル(90MHz、CDCl3溶媒):α0.55(C18メチル)、0.83および0.9l(C26、27、21メチル)、4.23および4.36(ClおよびC3プロトン)、5.03および5.35(C19プロトン)、6.05および6.42(2個のダプレツト、J=11Hz、C6およびC7のプロトン)。

上記方法においては、本発明の範囲および精神を逸脱することなしに溶媒の量および種類における種々の変化をなしうること、そして反応温度および反応体の量の変化をなしうることが理解されなければならない。また、反応のあるものは異なつた順序で行なうことができる。たとえば、化合物Ⅶを1・3-ジアセテートに変換し、ついでケタール官能基を除去することによつて化合物Ⅷ(b)を得ることができる。

加えて、別途方法がこの技術分野において熟練している者にとつて自明である場合には、各種の所有成分を分離するためにそのような別途方法を使用することができる。

反応式

<省略>

<省略>

生物活性

ライン(line)試験定量またはくる病治療試験

離乳ネズミをステーンボツク(Steenbock)およびブラック(Black)〔ジャーナル・オブ・ザ・バイオロジカル・ケミストリー(J.Biol. Chem.)64、263(1925)〕のくる病発生飼料で21日間養なつた。この飼料は0.5%酸造酵母が添加されている点だけが上記文献のものとことなる。21日の欠乏期間の後に植物油に溶かした1回用量0.075μgのビタミンD3または1α-ヒドロキシコレカルシフエロールを経口投与した。7日後にネズミを殺しそしてライン試験を個々のネズミの切断した骨(sectioned radil)および尺骨(ulnae)について行なつた。生物活性は米国局方14版改訂版〔マツク・パブリツシング・カンパニー(Mack Publishing Co.)、イーストン(Easton)、ベンシルペニア(Pa.)(1955)〕に記載されているようにして確認した。

ビタミンD3で得られた平均治療値は4.00でありそして1α-ヒドロキシコレカルシフエロールでは4.28であつた。

それらの結果は1α-ヒドロキシコレカルシフエロールがくる病の治療において少なくともビタミンD3と同程度に有効であることを示す。

血清カルシウム(骨代謝)感応および腸内カルシウム輸送

エチルアルコール中でネズミに静脉内(頸静孔内)投与した1α-ヒドロキシコレカルシフエロール内に対する骨ミネラル代謝感応をブラント(Blunt)等〔Natl.Acad.Sci.U.S.61、1503(1968)〕によつて記載された如くに試験した。加えて、腸をそれらのネズミから取り出し、そしてカルシウム輸送を上記文献に記載された如き反転膜技術(everted sac technique)によつて測定した。結果を表1に示す。これらの結果は1α-ヒドロキシコレカルシフエロールが骨の消費時に見られる血清(血漿)カルシウムの上昇によつて示される骨代謝に対し、また腸内カルシウムの輸送を活発にする効果を有し、特に腸内カルシウム輸送率はビタミンD3に比べて著しく高いことを示している。すべての測定は被検物質の投与後14時間目に行なつた。但し、ビタミンD3を使用する場合において、カルシウム輸送率は投与後10時間目に測定した。これはビタミンD3の腸内カルシウム輸送率が投与後10~12時間で最高値に達することが知られているためである。また、骨代謝は12時間目と16時間目とに測定した。

表Ⅰ

群 カルシウム輸送率 45Caセロザール/45Caムコザール 骨代謝 血清Ca(mg%)

対照 50μl95%EtOH 1.96±0.14* -0.06±0.2*

0.25μg1α-ヒドロキシコレカルシフエロール 3.28±0.36* 2.17±0.2*

0.50μg1α-ヒドロキシコレカルシフエロール 3.31±0.26* 2.37±0.2*

0.25μgビタミンD3  2.0±0.3* 5.0±0.4*(12時間目)6.6土0.4*(16時間目)

*士平均値の標準誤差

充分に証明されたように、このビタミンD様活性は、たとえば家禽または動物の飼料補助剤または食品添加剤としてのビタミンDの代替物としてのその適用を示唆している。

特許公報(二)

<19>日本国特許庁(JP) <11>特許出願公告

<12>特許公報(B2) 昭57-45740

<51>Int.Cl.3C 07 C 172/00 //A61 K 31/59 識別記号 ADF 庁内整理番号 6561-4H 6675-4C <24><44>公告 昭和57年(1982)9月29日

発明の数 1

<54>1α-ヒドロキシビタミンD化合物の製造方法

<21>特願 昭49-5853

<22>出願 昭49(1974)1月9日

<65>公開 昭49-95956

<43>昭49(1974)9月11日

優先権主張 <32>1973年1月10日<33>米国(US)

<31>322462

<32>1973年5月21日<33>米国(US)

<31>362339

<72>発明者 デイレツク・ハロルド・リチヤード・バートン

イギリス国ロンドン・エス・ダブリユー7オンズロウスクウエア47番

<72>発明者 ロバート・ヘンリー・ヘツセ

アメリカ合衆国マサチユーセツツ州ケンブリツジ・アマーストストリート49番

<72>発明者 エチオ・リツアルド

オーストラリア国オーストラリア・キヤピタル・テリトリー2605ギヤラン・ホープグツドプレイス14番

<71>出願人 リサーチ・インステイチユート・フオア・メデイスン・アンド・ケミストリー・インコーボレイテツド

アメリカ合衆国マサチユーセツツ州(02142)ケンブリツジ・アマーストストリート49番

<74>代理人 弁理士 山下白

<56>引用文献

特開 昭48-62750(JP、A)

<57>特許請求の範囲

1式

<省略>

(式中R5は基

<省略>

(式中R6およびR7はそれぞれ水素原子を表わすかまたは一緒になつて炭素-炭素二重結合を形成しておりそしてR9は水素原子またはメチル基を表わす)を表わす〕

の1α-ヒドロキシ-25-水素-プレビタミンDまたはそのアシレートの熱的異性化により式

<省略>

(式中R5は前記の意味を表わす)

のビタミンD化合物またはそのアシレートを生成させることを特徴とする、1α-ヒドロキシ-25-水素-ビタミンDまたはそのアシレートの製造方法。

発明の詳細な説明

本発明は新規な1α-ヒドロキシ-25-水素-ビタミンDまたはそのアシレートの製造方法に関する。

25-ヒドロキシ基をも有している1α-ヒドロキシビタミンD誘導体は、治療においてそれらをかなり有用ならしめる有利な生化学的性質を有していることが知られている。すなわちそれらは相当する1α-未置換化合物よりもより速効性であり且つ系からより迅速に除去され、そしてその結果徐々にしか系から除去されない通常のビタミンD化合物よりもビタミン毒性を誘発する可能性がより小となる。更に、このヒドロキシル化された誘導体は、通常のビタミン処置に応答しない一見ビタミンD欠乏症の症状を緩和するのにも往々にして有効である。

そのような1α-ヒドロキシビタミンD誘導体は、相当する1α-未置換誘導体合成に使用されているのと同様の技術によつて、特にコレスタン系の1α・3β-ジヒドロキシステロイド-5・7-ジエンの紫外線照射を便用する光化学的分解によつて製造することができる。

1α・3β-ジヒドロキシステロイド-5・7-ジエン出発物質に対する有用な前駆物質は、相当するステロイド-5-エンである。その理由はこれらが容易に、例えば7-位を臭素化しそれに続いて脱臭化水素化することによつて5・7-ジエンに変換することができるからである。しかしそのような1α・3β-ジヒドロキシステロイド-5-エンの合成は、多くの問題を提起する。何故なら一般にΔ1・2-3-ケトステロイドへのミカエル型付加によつて1α-ヒドロキシル基を導入することが必要だからである。すなわち、その後における所望の5・6-二重結合の形成は、カルボニル基に対しβ位にある1α-ヒドロキシル基の除去傾向によつて困難なものとなり、一方既知の技術を使用して高い立体特異性で3-ケト基を3β-ヒドロキシ基に還元することもまた困難である。

1α-ヒドロキシコレステロールへの合成経路は、ベルク等により記載されている(J.Chem.Soc.、1970(C)1624参照)。これは6β-ヒドロキシ-5α-コレスト-1-エン-3-オンのエポキシ化、その生成物のナトリウムボロハイドライド使用による1・2-エポキシ-3β-ヒドロキシ誘導体への還元、6β-ヒドロキシル基の除去による相当するΔ5・6-ステロイドの生成およびリチウムアルミニウムハイドライドでの還元による1α・3β-ジオールの生成を包含する。しかしこの方法により得られた生成物は、期待された物理的性質を示さない。すなわち光学的旋光度は〔α〕D=0±1°(メタノール中)である。一方Δ5・6-ステロールは通常典型的には約-30°のかなり実質的なマイナスの比旋光度によつて特性づけられている。またC76.2%、H11.1%の元素分析実測値もC27H40O2、1/2H2Oに対する計算値(C78.8%、H11.5%)に一致しない。従つてこの生成物の構造は明らかに疑わしいものとみなさなくてはならない。この誤りの一つの可能な原因は、3-ケト基のボロハイドライド還元であり、これは所望の3β-オールの他に有意量の3α-オールを生成する可能性がある。

1α・25-ジヒドロキシユレカルシフエロールに対するステロイド前駆物質への若干類似の合成経路が、デ・ルーカ等により記載されている〔テトラヘドロン・レターズ40、4147(1972)参照〕。これら研究者は、適当なステロイド-1-エン-3-オン-6-(エチレンケタール)をエポキシ化し、そして次いでこの生成物をリチウムアルミニウムハイドライドで還元して混合物を生成させそしてこれから1α・3α-ジオールのみを分離することができた。従つて3-オンへの酸化およびナトリウムボロハイドライドによる還元を含む更に追加の数工程段階が1α・3α-ジオールを生成するために必要であり、その後で6-ケタール基を除去し、6-ヒドロキシル化合物を還元しそして脱水してΔ5.6-ステロイドを生成させることができるのであつて、このことは全体的経路をいくらか厄介なものとしている。

従つて、特に3位における生成物の立体化学の容易な制御を可能ならしめる1α・3β-ジヒドロキシステロイド-5-エンを製造するためのより簡単な方法に対する必要性が存在しており、本発明ではそのような方法を提供することができる。そして、この方法によつて、本発明が目的とするすぐれた生化学的性質を有する新規な1α-ヒドロキシ-25-水素-ビタミンD誘導体を製造することができる。

本発明者等は、1α-ヒドロキシ-および1α・2α-エポキシ-ステロイド-4・6-ジエン-3-オンおよび6-置換基が還元的に除去可能な原子または基である相当する6-置換ステロイド-4-エン-3-オンが、プロトン源の存在下でのアルカリ金属/液体アンモニアまたはアルカリ金属/液体アミン還元剤との反応によつて、直接相当する1α・3β-ジヒドロキシステロイド-5-エンに還元できるということを見出した。これらの条件下では、高度に酸化された出発物質が一連の還元をうけて、実質的には二重結合の異性化または3位カルボニル基のβ-位にある置換基の除去を伴なうことなしに、所望の生成物となる。

この1α・3β-ジヒドロキシステロイド-5-エンは本発明が目的とする1α-ヒドロキシル化ビタミンD誘導体の前駆物質となる。

本明細書中に使用した場合の「コレスタン系」なる表現は、コレスタンに特性的なC9鎖を17位に有しているステロイド、ならびにこの鎖が未置換であるかまたは1個またはそれ以上のヒドロキシまたはメチル基を有している類縁体を包含するものであるが、これらはビタミンD中に見出される17-側鎖である。コレスタン系のそのような1α-ヒドロキシステロイドの製造のための適当なケトン出発物質は、式

(Ⅰ)

<省略>

〔式中R1はヒドロキシル基を表わしそしてR2は水素原子を表わすか、またはR1とR2は一緒になつてエボキサイド基Oを形成しており、R3は還元的に除去可能な原子または基を表わしそしてR4が水素原子を表わすか、またはR3とR4が一緒に炭素-炭素二重結合を形成しており、そしてR5が基

<省略>

(式中R6およびR7はそれぞれ水素原子またはヒドロキシル基を表わすかまたは一緒になつて炭素-炭素二重結合またはエポキシ基を形成しておりそしてR9は水素原子またはメチルまたはエチル基を表わす)を表わしている〕により表わすことができる。

本発明の上記の新規な方法により式Ⅰの化合物を還元すると、式

(Ⅱ)

<省略>

(式中R5は式Ⅰに対して定義したとおりである)により表わすことのできる1α・3β-ジオールが生成する。

1α・3β-ジヒドロキシ-25-水素-コレスト-5-エンおよびそのヒドロキシル保護誘導体は新規の化合物である。

例えば式ⅠのR3基のように出発物質の6位に存在していてもよい還元的に除去可能な置換基は例えばハロゲン原子例えば弗素、塩素または臭素原子および炭化水素スルホネート基例えば芳香族炭化水素スルホネート基例えばp-トシレートまたは脂肪族炭化水素スルホネート基例えばメシレート基があげられる。

還元剤中に使用できるアルカリ金属としては、リチウム、カルシウム、ナトリウムおよびカリウムがあげられるが、リチウムが好ましい金属である。使用しうる液体アミンとしては、例えば第1級、第2級および第3級アルキルアミン、例えば第1級低級アルキルアミン例えばメチルアミンまたはエチルアミン、ジ(低級アルキル)アミン例えばジメチルアミンまたはジエチルアミン、およびトリ(低級アルキル)アミン例えばトリエチルアミン、ジアミン例えば低級アルケンジアミン例えばエチレンジアミンまたはプロピレンジアミン、および飽和複素環アミン例えばピペリジンまたはピペラジンがあげられる。特に好ましい還元剤は、リチウムおよび液体アンモニアである。反応中に使用できるプロトン源としては、アンモニウムおよびアミン塩例えば鉱酸から導かれた塩例えばハロゲン化物例えば弗化物または塩化物、硝酸塩または硫酸塩があげられる。アルコール例えば低級アルカノール例えばメタノールまたはエタノールはプロトン源として働くことができる。

この還元は、便利には溶媒好ましくは不活性有機溶媒例えば環状エーテル例えばテトラヒドロフランまたはジオキサンまたは炭化水素溶媒例えばヘキサン中で行なわれる。この反応系からは湿気および/または酸素を除去することが有利でありうる。溶媒が使用される場合には、この還元は便利にはその溶媒系の氷点と100℃との間の温度で、有利には冷時行なわれる。

これら反応成分を一緒にするためには種々の添加方式を使用することができる。すなわち例えばステロイドの溶液を液体アンモニアまたは液体アミン中のアルカリ金属の溶液に、1回またはそれ以上の区分量で加え、次いで1回またはそれ以上の区分量でプロトン源を加えることができる。あるいはまた還元されたステロイドの改善された収率および/またはより容易な単離は、プロトン源例えば固体塩化アンモニウムを最初にステロイド出発物質の溶液に加えそして次いでアルカリ金属液体アンモニアまたは液体アミン還元剤を少量ずつ加える場合に達成することができる。

ステロイド出発物質中の1α-ヒドロキシ基を例えば分裂可能な保護基で保護しておくことが一般に好ましい。その理由は、遊離の1α-ヒドロキシル基を有するステロイドの還元は、内部プロトン転移の結果としてΔ8・7-ステロイドを形成する結果となるからである。適当な保護基としてはシリル基例えばトリ(低級アルキル)シリル基例えばトリメチルシリルがあげられる。かかる保護基は、例えば1α-ヒドロキシステロイドを適当なヘキサ(低級アルキル)ジシラザンと反応させることによつて導入することができる。

本発明の方法によつて得られる1α・3β-ジヒドロキシステロイド-5-エンは、例えば慣用の技術例えばN-ブロモアミド、イミドまたはヒダントイン例えばN-プロモコハク酸イミド、N-ブロモフタルイミドまたはジブロモジメチルヒダントインを臭素化剤として使用して7位を臭素化し、次いで例えばアミド例えばジメチルアセトアミドをアルカリ土類金属炭酸塩の存在下に使用して脱臭化水素化を行なうことによつて、相当する1α・3β-ジヒドロキシステロイド-5・7-ジエンに変換することができる。あるいはまた、この脱臭化水素化は、トリメチルホスフアイトまたは塩基例えばコリジン、ピリジンまたはジアザビシクロオクタンで処理することによつても誘発させることができる。

7・8-二重結合はまたドーピン等の方法を使つて、例えば1α・3β-ジヒドロキシステロイド-5-エンを三酸化クロム酸化剤有利には三酸化クロム/ピリジンコンブレツクスを使用して酸化して相当するステロイド-5-エン-7-オンとし、そしてこのケトンをスルホニルヒドラジン好ましくは芳香族スルホニルヒドラジン例えばp-トシルヒドラジンと反応させて相当する7-スルホニルヒドラジンを生成させ、次いでこれを例えばアルカリ金属アルコキサイド例えばナトリウム第3級ブトキサイドおよびアルカリ金属ハライド例えばナトリウムハイドライドを使用してウオルフ・キシユナー還元条件に付して所望の5・7-ジエンを生成させることによつても導入することができる。

7・8-二重結合導入に必要な一連の反応の間に、望ましくない副反応が起ることを避けるためには、例えばジペンゾエートにエステル化にすることによつてこの1α-および3β-ヒドロキシ基を保護することが有利かもしれない。

前記技術のいずれかによる式Ⅱの化合物の処理から得られるこのステロイド5・7-ジエンは式

(Ⅲ)

<省略>

(式中R5は式Ⅰに対して定義したとおりである)により表わすことができる。

1α・3β-ジヒドロキシ-25-水素コレスト-5・7-ジエンおよびそのヒドロキシル保護誘導体は新規の化合物である。

好ましくは例えば275~300nmの波長の近紫外光線で式Ⅲのそのような化合物を照射することは、第一に式

(Ⅳ)

<省略>

(式中R5は式Ⅰに対して定義したとおりである)により表わすことのできる1α-ヒドロキシル化プレビタミンの生成を促進する。式Ⅳの化合物を更に照射するかまたは穏和な条件例えば少量の沃素を使つて比較的低温で沃素で処理すると、相当する式

(Ⅴ)

<省略>

(式中R5は式Ⅰに対して定義したとおりである)の1α-ヒドロキシタキステロール誘導体への変換を促進する。これは、所望によつて例えばリチウム/液体アンモニアまたはナトリウム/液体アンモニアで還元してそのビタミンD型活性の故に有力な治療価値のある新規の1α-ヒドロキシ-9・10-ジヒドロタキステロール誘導体を生成させることができる。この1α-ヒドロキシ-9・10-ジヒドロタキステロール自体は新規の化合物であり、本発明の一つの態様を構成する。

この式Ⅳの化合物はまた式

(Ⅵ)

<省略>

(式中R5は式Ⅰに対して定義したとおりである)のビタミン誘導体と熱的平衡を保持しており、そしてこれは例えばアルコールまたは炭化水素溶媒中で熱的に異性化することによつて本発明が目的とするビタミン誘導体に変換することができる。このビタミンは式Ⅵに示されるようにシス型を有している。この変換の間の望ましくない酸化副生物の形成は例えば1・3-ジアセトキシ誘導体に変換させることによつて、その1α-および3α-ヒドロキシ基をエステル化することによつて、最小化することができる。このビタミン(Ⅵ)は、所望によつて、相当する5・6-トランスビタミン誘導体に変換することができる。5・6-二重結合についての異性化は例えば穏和な条件下に沃素で処理することによつて容易に促進される。

すなわち、前記第1工程において製造された1α・3β-ジヒドロキシステロイド-5-エンが生物学的に有用な広範囲の物質の合成に価値ある中間体であることは明白である。

本発明の還元過程のための出発物質は、いずれかの便利な方法によつて、例えば適当な3-ヒドロキシステロイド-5-エンを例えばキノール/キノン酸化剤例えばジクロロジシアノキノンを使つて酸化し、次いで過酸化物例えば塩基例えば水酸化ナトリウムと共に過酸化水素を使つて、便利には水性アルコール媒体中で処理することにより1α・2α-エボキサイドを生成させることによつて製造することができる。これは所望により例えば亜鉛と酸例えば酢酸とを使つて還元することによつて、相当する1α-ヒドロキシ化合物に変換することができる。

本発明によれば新規の化合物である1α-ヒドロキシ-25-水素-ビタミンD誘導体特に1α-ヒドロキシビタミンD2および1α-ヒドロキシビタミンD3が得られる。「これらの1α-ヒドロキシビタミンD2(R5とR7とが二重結合を形成し、R9がメチル基をあらわす)およびD3(R5、R7およびR9は水素をあらわす)は近似の構造および作用を有し、均等の方法により製造されうる。」本発明は、ビタミン(シス型)および絹当するトランス化合物を包含している。これらのビタミンは、ビタミンD2およびビタミンD3よりもビタミン活性の点でよりすぐれているだけでなく、更に既知の1α・25-ジヒドロキシビタミンD化合物よりもそのビタミン活性においてすぐれている。すなわち、例えば1α-ヒドロキシ-25-水素化合物は骨代謝に関してははるかに一層活性な効果を示す。ビタミンD3系列におげる試験は、1α-ヒドロキシ-25-水素ビタミンD3が未置換ビタミンD3よりも10~50倍活性であり、他方1α・25-ジヒドロキシビタミンD3は未置換ビタミンよりもわずか2~5倍だけ活性であるということを示している。これらの結果は、25-ヒドロキシ基が代謝に包含されており、そしてそれ故活性促進性のものであるべきであるという以前の提案からみて、特に予期せざるものである。これらの新規の1α-ヒドロキシ-25-水素ビタミンD化合物はまた迅速作用性であり、そしてその生物学的活性は速やかに終結され、その結果これまで遭遇されてきたビタミン毒性の問題は実質的にそれらの使用によつて回避されることになる。

1α-ヒドロキシ-25-水素ビタミンD化合物は、1α-ヒドロキシ-9・10-ジヒドロタキステロールと共に、なかんずく腸内カルシウム輸送骨カルシウム授動、骨鉱化および骨形成を刺戟する能力のある生物学的に活性かつ重要な新規の物質群を構成するものであり、そして1種またはそれ以上のこれら化合物の有効量を含有する薬用組成物およびそれらの投与を伴なう人および獣医学における処置方法は本発明の更に別の特質を構成するものである。

前記化合物は、例えばくる病および骨軟化症のような疾病の防止および処置において重要な予防的および治療的用途を有しており、そしてこれらはビタミンD応答性疾病例えば上皮小体機能減退症、低ホスフエート血症、低カルシウム血症および/または関連骨疾患、腎疾患または腎不全、および低カルシウム血症性テタニーの処置に価値あるものである。更に、在来の1α-水素ビタミンD化合物に比べて、1α-ヒドロキシ-25-水素ビタミンD化合物および1α-ヒドロキシ-9・10-ジヒドロタキステロールがよりすぐれた活性を有していることは、肝、腎または胃腸管の機能不全により起るビタミンD抵抗性くる病、腎性骨異栄養症、脂肪便症、肝硬変およびその他の吸収機能不全、骨多孔症、二次的低カルシウム血症および/または骨疾患、およびデイランチン、バルビツレート(例えばフエニルパルビトン)および関連した通常の化合物例えばビタミンD3に対しては治療できないことが証明されている薬物処置に由来する、二次的低カルシウム血症または骨疾患の処置に対して、この1α-ヒドロキシ化合物を価値あるものとしている。

一般に、1α-ヒドロキシ-25-水素ビタミンD化合物および1α-ヒドロキシ-9・10-タキステロールは、注射可能な液体担体例えば滅菌したパイロゲンなしの水、滅菌した過酸化物なしのエチルオレアート、脱水アルコール、プロピレングリコールまたは脱水アルコール/プロピレングリコール混合物と共に組合せて、非経腸的に投与することができる。注射可能な組成物は、好ましくは薬量単位の形態例えばアンプルに調製され、各単位は有利にはビタミンD2およびD3化合物の場合には0.1~200μg好ましくは0.2~20μgの活性ビタミン成分を含有している。タキステロール化合物は、この範囲のより高い部分の薬量を必要とする。成人の処置に対する通常の薬量は、一般に1日当り0.1~200μgの範囲であり、この範囲内のより低い薬量例えば0.1~2μgは予防に使用され、そしてより高い方の薬量例えば5~50μgは治療的用途に使用される。

1α-ヒドロキシビタミンD化合物および1α-ヒドロキシ-9・10-ジヒドロタキステロールが酸化を受け易いことの故に一般にこれら物質を含有する薬用組成物は、少なくとも痕跡量の抗酸化剤例えばアスコルピン酸、ブチル化ヒドロキシアニソールまたはヒドロキノンを含有することが好ましい。

本発明者等は、驚くべきことに、1α-ヒドロキシビタミンD化合物および1α-ヒドロキシ-9・10-ジヒドロタキステロールが経口投与において有意な活性を示すことをもまた発見した。1α-ヒドロキシビタミンD3はこの点に関して顕著である。これは、1α・25-ジヒドロキシビタミンD3に関するこれまでの開示からみれば、全く予期せざることである。これまでの開示は、このジヒドロキシビタミンの経口的投薬が非常に低い活性(例えば抗くる病活性測定により判定した場合)を有し、そしてジヒドロキシビタミンの非経腸投与が有効な治療結果を達成するためには必要であることを示している。他の点における化合物の生物学的活性の性質の類似性からみて、1α-ヒドロキシビタミンD化合物は相当するジヒドロキシビタミンと同様な一般的挙動を示すことが一般に期待される。

しかしながら、上皮小体切除/甲状腺切除ラツト(これらは80~100g重量の雄チヤールズ・リバー系ラツトであり、各試験群は6匹のラツトにより構成されていた)に対する血清カルシウムおよび燐水準に対する経口投与した1α-ヒドロキシビタミンD3と1α・25-ジヒドロキシビタミンD3(0.1μg/kg、胃内挿管法)の効果を示している次の表は、未処理対照に比しての血清カルシウム水準の上昇により示されるように、1α-ヒドロキシビタミンD3が経口投与ですぐれた活性を示すこと、一方、経口投与された1α・25-ジヒドロキシビタミンD3は比較的不活性であつて、対照に比べた場合血清カルシウム水準に有意の変化を与えないということを示している。この表はまた1α-ヒドロキシビタミンD3により誘発された代謝変化は比較的短期持続のものであり、この1α-ヒドロキシビタミンD3処理ラツト中の血清カルシウム水準はビタミン投与後24時間以内に対照ラツトのそれに非常に近づくということを示している。このことは、1α-ヒドロキシビタミンD3が系から速やかに除去され、従つて望ましくないビタミン毒性副作用を生成する可能性がないということを確証するものである。

表1

上皮小体切除/甲状腺切除ラツトにおける、血清ヵルシウムおよび燐水準におよぼす経口投与された1α-ヒドロキシビタミンD3および1α-25-ジヒドロキシビタミンD3の影響

投与ビタミン 血清カルシウム水準(mg/100ml) 血清燐水準(mg/100ml)

投与8時間後 投与24時間後 投与8時間後 投与24時間後

添加なし(対照) 4.4±43 4.8±46 12.0±44 14.1±1.9

1α-ヒドロキシビタミンD3  9.9±80 6.4±73 9.5±1.1 14.5±1.0

1α-25-ジヒドロキシビタミンD3  5.9±56 5.8±52 13.3±1.73 13.0±1.44

1α-ヒドロキシビタミンD3の経口的活性およびそれによる投与の容易さは、この化合物を広範な用途にわたつて非常に重要な治療的価値あるものとしており、そして既知の非経腸的投与可能な1α・25-ジヒドロキシビタミンD誘導体に比してこの化合物の用途をかなり強化する。

この新規の1α-ヒドロキシ化合物は、例えば他のビタミンとの組合せにおいて食物補足物としてかまたは食物補足物の成分として使用することができる。そのような用法の一例はミルクの強化においてである。1クオートのミルク当り0.1~0.5μgの1α-ヒドロキシビタミンD3の混入は例えばくる病、骨軟化症その他の疾病防止において予防的に価値あるものである。

同様に、この新規の1α-ヒドロキシ化合物は、広範な適用例えばいずれかの前記ビタミンD応答性の疾患またはそうではなくていずれかの1α-ヒドロキシビタミンD応答性ではあるが在来のビタミンDでは治療困難な疾患の処置特に例えば骨多孔症のような疾病の長期処置および予防的適用に対して経口投与可能な薬用組成物例えばビタミンおよび多重(マルチ)ビタミン製剤として提供することができる。

この新規の1α-ヒドロキシ化合物を含有する経口投与可能な組成物は、所望により、1種またはそれ以上の生理学的に許容しうる担体および/または試形剤を含有していてもよく、そしてまたこれは固体であることも液体であることもできる。この組成物は例えば錠剤、コーテイングした錠剤、カプセル、甘味入り錠剤、水性または油性懸濁液、溶液、乳剤、シロツプ、エリキシルおよび使用前に水または他の適当な液体ベヒクルを使つて再構成するに適当な乾燥生成物を含めて任意の便利な形態をとることができる。この組成物は、好ましくは薬量単位の形態で製造されるが、各単位は有利には0.2~20μg好ましくは0.5~5μgの1α-ヒドロキシ化合物を含有している。成人の処置に対して使用される1α-ヒドロキシビタミンD3の薬量は、典型的には1日当り0.2~20μgの範囲である。1α-ヒドロキシービタミンD2は同様の薬量で投与されるが、しかしα-ヒドロキシ-9・10-ジヒドロタキステロールは例えば200μg/1日までのより高い薬量で与えられる。新規の1α-ヒドロキシ化合物を含有する錠剤およびカプセルは、所望により慣用の成分例えば結合剤例えばシロツブ、アカシア、ゼラチン、ソルピトール、トラガカントまたはポリビニルビロリドン、充填剤例えば乳糖、砂糖、とうもろこし殿粉、燐酸カルシウム、ソルビトールまたはグリシン、滑沢剤例えばステアリン酸マグネシウム、タルク、ポリエチレングリコールまたはシリカ、崩壊剤例えば馬鈴薯殿粉または許容しうる湿潤剤例えばラウリル硫酸ナトリウムを含有していてもよい。錠剤は当技術の周知の方法によつてコーテイングすることができる。

液体状1α-ヒドロキシビタミンD3組成物は、慣用の添加剤例えば懸濁剤例えばソルビトールシロツプ、メチルセルロース、グルコース/砂糖シロツプ、ゼラチン、ヒドロキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ステアリン酸アルミニウムゲルまたは水素添加された食用脂、乳化剤例えばレシチン、ソルビタンモノオレエートまたはアカシア、食用油を包含しうる非水性ベヒクル例えば植物油例えば落花生油、アーモンド油、分画ココナツツ油、魚肝油、油状エステル例えばボリンルベート80、プロピレングリコールまたはエチルアルコール、および保存料例えばメチルまたはブロビルp-ヒドロキシベンゾエートまたはソルビン酸を含有しうる。液体組成物は、便利には例えば薬量単位形態の生成物を与えるためにゼラチン中に封入することができる。

本発明の組成物は、他の治療上有効な成分例えばカルシウム塩(例えば乳酸塩、乳酸のナトリウム塩、燐酸塩、グルコン酸塩または次亜燐酸塩)および/またはその他の必須の徴量元素例えばマグネシウム、マンガン、鉄、銅、亜鉛および沃素の塩類および/または他のビタミン例えばビタミンA、ビタミンB1、ビタミンB2、ニコチンアミド、パントテン酸またはその塩例えばカルシウム塩、ビタミンB6、ビタミンB12葉酸、ビタミンCおよびビタミンEを含有していてもよい。この新規の1α-ヒドロキシ化合物を包含する多重ビタミン製剤は、同様の方法で、通常の1-水素ビタミンD化合物を使用したビタミン製剤に処方することができる。

この新規の1α-ヒドロキシ化合物の活性はまたこの化合物を直腸投与に適当なものとしており、そしてこの目的に対する例えば有効薬量の1α-ヒドロキシビタミンD3を慣用の坐剤ペース例えばカカオ脂またはその他のグリセライドとの混合物中に含有している薬用組成物は本発明の実施態様に入るものである。

前記のように、その保存寿命を増大するために、本発明の組成物中に抗酸化剤例えばアスコルピン酸、ブチル化ヒドロキシアニソールまたはヒドロキノンを混入することが有利であろう。

本発明は更に、1α-ヒドロキシ-25-水素ビタミンD化合物特に1α-ヒドロキシビタミンD3を例えば餌料のkg当りビタミン0.2~12マイクログラム、好ましくは1~8マイクログラムの含量で含有する家禽用餌料組成物を実施態様とするものである。

新規な1α-ヒドロキシ-25-水素ビタミンD化合物および1α-ヒドロキシ-9・10-ジヒドロタキステロールの動物への適用には、家畜たとえば牛、特に分娩期またはそれに近い時期の雌牛における低カルシウム血症の予防を含む。1α-ヒドロキシビタミンD3はこの点について特に価値あるものである。何故ならばこの化合物の高活性および低毒性はたとえば低カルシウム血症の前歴のない動物を含めて動物の群に対して長期間にわたり低薬量において予防的に投与することを可能ならしめるからである。このことはこの分野における従来のビタミンD化合物の使用と対照的である。何故ならたとえばビタミンD3のような化合物を使用する際に要する高薬量からして従来はとりわけ経済的理由から該ビタミンを低カルシウム血症の前歴のある動物にのみ投与するのが通常であつたからである。

更に、1α-ヒドロキシ-25-水素ビタミンD化合物に1α-ヒドロキシビタミンD3の有効薬量を産卵時の家畜に投与すると家畜により軟質殻卵が生産される傾向を低減する効果があることが判つた。このような処置もまた本発明の別の実施態様を構成するものである。

以下、参考例および実施例により本発明をさらに詳細に説明する。すべての温度は摂氏度である。

参考例 1

前駆物質1α・3β-ジヒドロキシコレスタ-5・7-ジエンの製造

(a) コレスタ-1・4・6-トリエン-3-オン

コレステロール(19.3g)およびジクロロジシアノキノン(38g)を乾燥ジオキサン(500ml)中で還流下に22時間加熱した。次いでこの混合物を冷却し、〓過しそしてその〓液を蒸発乾固させた。残渣をアルミナ上でクロマトグラフイーを行ない、そしてベンゼン/ヘキサンで溶出し、次いでベンゼンで溶出すると、標記トリエノンが淡色油(11.5g)として得られた。これは放置すると固化した。この物質の物理的性質は適正なものであつた。

(b) 1α・2α-エポキシコレスタ-4・6-ジエン-3-オン

前記(a)で得られたトリエノン(1g)をエタノール(50ml)中で0°において10%水性水酸化ナトリウム(0.25ml)および30%水性H2O2(2.5ml)で処理した。この混合物を5°に一夜置き、次いで得られたエポキサイド、を別し、水性アルコールで洗いそして乾燥させると、標記化合物(0・86mg)が得られた。エタノールから再結晶すると無色針状晶m.p.107~109°が得られた。

(c) 1α・3β-ジヒドロキシコレスト-5-エン

塩化アンモニウム(0.5g)を含有する液体アンモニァ(80ml)および乾燥テトラヒドロフラン(50ml)中金属リチウム(0.2g)の攪拌溶液に、乾燥テトラヒドロフラン(25ml)中前記(b)で得られたエポキサイド(4.3g)の脱酸素化した溶液を滴下添加した。青色が消失した時、ステロイドの添加を止め、そして更にリチウム(0.2g)および塩化アンモニウム(1g)を加え、次いで更にエポキサイドの溶液を加えた。この一連の操作を、全部のステロイドが加えられてしまうまで繰返した。この点において、追加のリチウム片(0.2g、全部で0.8g)を加え、次いで更に塩化アンモニウム(全部で8g)を加えた。次いでほとんどのアンモニアを蒸発させ、そして残存する混合物を氷水中に注ぎ、そしてクロロホルムで抽出した。このクロロホルムを濃縮すると、褐色ゴム状物質が得られた。これを酸化アルミニウム(160g)上でクロマトグラフイーにかけた。酢酸エチル/ベンゼンで溶出すると1α・3β-ジオールがガラス様物質として得られた。エタノールを加えるとこれは速やかに結晶化した。水性エタノールから再結晶すると標記化合物(1.7g)m.p.161.5~163°が得られた。実測値C80.40、H11.39%、計算値(C27H46O2)C80.54、H11.52%。

C'-(1) 1α-ヒドロキシコレスタ-4・6-ジエン-3-オン

前記(b)で得られたエポキシジエノン(130mg)をエタノール(10ml)中で攪拌しつつ亜鉛末(1g)で処理し、次いで3滴の酢酸を加えた。次いでこの混合物を〓過し、そしてその〓液を濃縮乾固させた。シリカゲル上でクロマトグラフイーを行なうとコレクター1・4・6-トリエン-3-オン(これは回収して再循環させることができる)が、次いで標記化合物(100mg)が得られた。λmax3600、3400、1675、1625および1590cm-1。δ6.15(2プロトンs、H6、H7)、5.73(1プロトンシングレツト、H4)、δ4.15(1プロトン、細いマルチプレツド、H1)。

C'-(2) 1α・3β-ジヒドロキシコレスト-5-エン

前記C'-(1)で得られたヒドロキシジエノン(0.6g)を、テトラヒドロフラン(2ml)およびピリジン(2ml)中の溶液をヘキサメチルジシラザン(1.5ml)およびトリメチルクロロシラン(0.6ml)で処理することによつて、そのトリメチルシリルエーテルに変換した。この粗製のトリメチルシリルエーテルをテトラヒドロフラン(10ml)中に溶解させそしてこの溶液を、リチウム金属(約200mg)の液体アンモニア(20ml)中の攪拌溶液に滴下添加した。数分間後に塩化アンモニウム(2g)を加え、そしてこの混合物を攪拌した。追加分のリチウム金属(約100mg)を加えた。再びこの溶液を攪拌した。追加の塩化アンモニウムを次いで加え、そしてこの混合物を冷水に注いだ。この生成物をエーテルおよびメチレンジクロリドで抽出することにより単離し、次いでカラムクロマトグラフイーを行なうと、標記化合物(0.4g)が得られた。エタノールから結晶化させると、そのm.p.は158~161°であつた。再結晶後、そのm.p.は、161.5~163°となつた。〔α〕D(CHCl3)-38°。この物質は上記(C)で得られた生成物と同一であり、そしてこれを水素化すると標準試料とあらゆる点で一致する1α・3β-ジヒドロキシ-5α-コレスタンの試料が得られた。

(d) 1α・3β-ジベンゾイルオキシコレスト-5-エン

ジメチルアミノピリジン(20mg)を含有するピリジン(10ml)中で1α・3β-ジヒドロキシコレスト-5-エン(1.2g)を、ベンゾイルクロリド(5ml)で処理した。1晩室温に置いた後、この反応混合物を水中に注ぎ、そして生成物をエーテルで抽出し、希水性塩酸、飽和重炭酸ナトリウム溶液および水で洗つた。エーテル部分を蒸発させると、ジベンゾエート(1.6g)m.p.147~150°が得られた。エタノールから再結晶させるとこの生成物は151~153°の融点を有していた。〔α〕D+24°。分析計算値(C41H54O4)C80.61%、H8.91%、実測値C80.43、H8.74%。

(e) 1α・3β-ジベンゾイルオキシコレスタ-5・7-ジエン

前記(d)で得られたジベンゾエート(0.58g)のヘキサン(10ml)中の溶液をジブロモジメチルヒダントイン(0.15g)で処理し、還流下に25分間加熱した。冷却後この混合物を〓過し、そして〓液を濃縮して淡色油とした。この油を乾燥キシレン(3ml)に溶解させ、そしてこれをキシレン(5ml)中のトリメチルホスフアイト(0.4ml)の還流溶液に滴下忝加した。流下の加熱を1.75時間続けた。この時間の後でこの溶液を減圧下に除去し、そして残渣をアセトン/メタノールから結晶化させると、標記化合物(0.4g)が得られた。エタノール/アセトンから再結晶化後、この生成物は161~162°の融点を有していた。〔α〕D-8°。分析計算値(C41H52O4)C80.88%、H8.61%、実測値C80.69%、H8.66%。

(f) 1α・3β-ジヒドロキシコレスタ-5・7-ジエン

KOH(0.6mg)を含有するエタノール(30ml)および水(0.5ml)に溶解した前記(e)からのジベンゾエート(300mg)を、アルゴン雰囲気下に80°に0.5時間保つた。この反応混合物を次いで冷却し、水で希釈しそしてエーテルで抽出した。エーテル抽出液を蒸発させると結晶性固体として標記化合物が得られた。メタノールから再結晶すると、m.p.155~158°を有する生成物が得られた。λmax(エタノール)263(7700)、272(11000)、282(11900)、295(700)nm。

実施例 1

1α-ヒドロキシビタミンD3の製造

脱酸素化されたエーテル(200ml)中の参考例1で得られた生成物すなわち1α・3β-ジヒドロキシコレクタ-5・7-ジエン(95mg)を、12分間メタノール1l当りトルエン(24ml)およびCB2(4ml)よりなる〓過ずみ溶液により囲まれた200ワツトのハノビアランプを使つて照射した。この冷溶液を、アルゴンで充満したフラスコに移し、そしてエーテルを0°で除去した。その残渣を脱酸素した無水アルコール(8ml)に溶解させ、そして1.5時間還流下に加熱して異性化した。この生成物を用いてビタミンD欠乏ひよこに対して行なつた生物学的検定によれば、生成された1α-ヒドロキシビタミンD3〔λmax264(1900)〕が非常に迅速な生理学的活性の開始(3時間以下)を特徴としていることを示しているが、これはこれまでには暫定的に1α・25-ジヒドロキシビタミンD2として特性づけられている天然生成物に対してのみ観祭されているものである。

参考例 2

前駆物質1α・3β-ジアセトキシコレスタ-

5・7-ジエンの製造

ジメチルブロモヒダントイン(0.2g)を含有するヘキサン(10ml)中1α-OHコレステロールジアセテート(0.25g)を15分間還流下に加熱し、冷却し、〓過しそして〓液を濃縮すると淡黄色油が得られた。これをキシレン(4ml)に溶解させ、そして還流下に保持したキシレン(5ml)中トリメチルホスフアイト(6ml)の溶液に滴下添加した。アルゴン下に1.5時間加熱をつづけた。この混合物を減圧下に濃縮しそしてその生成物を硝酸銀で含浸したシリカゲルプレート上で分離した。メタノールから結晶化させると標記化合物130mg(34%)、m.p.118~119°、〔α〕D(CHCl3)-31°が得られた。実測値C76.75、H9.99、計算値(C31H48O4)C76.81、H9.98。λmax(エーテル)262(8300)、271(11800)、282(12700)、294nm(7500)。NMR4.97(せまいマルチプレツト、H1)、4.6~5.2(広いマルチプレツト、H3)、5.2~5.75(更にカツプリングした二重ダブレツト、H6およびH7)、2.02および2.07(シングレツト、アセテート)。

明細書記載のジエンジオールの直接アセチル化は同一の物理的特性を有するジアセテートを与えた。

実施例 2

(a) 1α・3β-ジアセトキシコレスタ-5・7-ジエンの照射

50mgの1α・3β-ジアセトキシコレスタ-5・7-ジエン(m.p.118~119°、参考例1と同様な方法を使用して1α・3β-ジヒドロキシコレスタ-5・7-ジエンを無水酢酸と反応させることにより製造した)を11分間、脱酸素化したエーテル(200ml)中200ワツトのハノヴイア・ランプで照射した。この混合物の紫外吸スペクトルは220~268nm域の所望の吸収増大および268~295nm域の減少を示した。それはシリカゲル(CHCl3)上では本質的に均一ではあつたが、1%AgNO3-シリカゲルークロロホルム上では2個の明確なスポツトに分離した。下方のスポツトは出発物質のRfに相当した。より極性の少ない物質(約20mg)は、262~272nm付近の「平らな」最大値(282および295nmに小さなこぶ)および234nmに最小値を有する巾広い紫外吸収帯を有していた。この物質は前記式Ⅳ(式中R5はビタミンD3の相当する側鎖をあらわす)の粗プレビタミンを包含していた。この混合物の少量をヘキサンに溶解させ、そしてその紫外吸収スペクトルを記録した(推定濃度約20mg/l)。次いでこれをヘキサン中の沃素溶液で処理して沃素の全体的濃度が約0.4mg/lとなるようにし、そして45分間これを散乱光中においた。このヘキサン溶液を希水性チオ流酸ナトリウムで、次いで水で洗い、乾燥させそしてその紫外吸収スペクトルを再記録した。これはタキステロール誘導体の特性吸収(max282nm、シヨルダ-272、292nm)を示しそしてこの吸収は2.2のフアクターだげ増加していた。

(b) 熱的異性化

前記の粗プレビタミンの全体を、脱酸素イソオクタン(10ml)に溶解させた。262nmの吸収は、30μl区分量を3mlに希釈した場合に0.39であつた。この溶液を次いで約75°にアルゴン下に全部で2.25時間の間加熱したがこの間262~265nmの吸収は0.54の最大値に増加した(前記と同一濃度の溶液に対して)。予期したとおり、この吸収は最初は速やかに、次いで平衡混合状態が近づくにつれて徐々に増加した。この区分量を前述の方法と同様にしてヘキサン中の沃素溶液で沃素の全体的濃度が約0.4mg/lとなるように処理し、次に45分間散乱光中に保持し、このヘキサン溶液を希水性チオ硫酸ナトリウム次いで水で洗い、乾燥させると、タキステロールに特性的な吸収を示したが、その吸収の増加はわずか0.43~-0.47であつた。この平衡化混合物はシリカゲル上および1%AgNO3シリカゲル上で共に(クロロホルムで展開)本質的に均一であつた。

上記の混合物の約12mgを脱酸素メタノール(1.0ml)中に溶解させ、そしてこの溶液を脱酸素化1.5メタノール性KOH(0.5ml)で処理し、1.5時間アルゴン下に室温に保つた。水で希釈し、エーテルで抽出すると、1α・3β-ジオール(1α-ヒドロキシービタミンDおよびそのトランス異性体)が得られた。これはシリカゲル上(4%MeOH-CHCl3で展開)で2つの非常に近接した主スポツトを示した。このより極性の少ない分画(約5mg)は紫外吸収において、264nmに最大値を有し、228nmに最小値を有する幅の広い吸収を示した。これは1α-ヒドロキシビタミンD3であつた。区分量をヘキサン中で前記のようにして沃素で処理すると、270nmに最大値を移動(シフト)させるが、これは5・6-トランスビタミン(トランスビタミンD3の1α-ヒドロキシ同族体)への変換に由来するものである。

より極性の分画は、紫外吸収では260nmに最大値を、そして235nmに最小値を有する平滑な吸収帯を有していた。これは前述のプレビタミンであつた。これを前記のように沃素で処理すると268、276、286、298、312および327nmに最大値を有する複雑な紫外吸収スペクトルを与えた。

一方、1α-ヒドロキシビタミンD2は次のようなデータを示した。

紫外吸収λmax265nm、λmin228nm、マススペクトルm/e(相対強度)412(M+、24)、394(19)、376(10)、287(12)、269(15)、251(14)、152(14)、135(71)、134(100)、NMR(CDCl3)δ6.40(1H、d、J-11H3)、6.02(1H、d、J-11H3)、5.33(1H、ブロードシングレツト、C-19)、5.20(2H、m、C-22、23)、5.01(1H、ブロードシングレツト、C-19)。

実施例 3

1α-ヒドロキシビタミンD3の製造

脱酸素したエーテル(200ml)中で、135mgの1α・3β-ジアセトキシコレスタ-5・7-ジエン(実施例2におけるようにして製造された)を15分間200ワツトのハノヴイア・ランブを用いて照射し、そしてその生成物を1%AgNO3-シリカゲル(CHCl3)(製剤用薄層クロマトグラフ)上で分離すると68mgの出発物質(より極性の分画)および前述のブレビタミン(54m9、より非極性の分画)が得られた。

このようにして得られた前記ブレビタミンを75°で2時間脱酸素イソオクタン(15ml)中でアルゴン下に加熱して異性化した。

得られた1α-ヒドロキシビタミンD3と前記ブレビタミンとの混合物をメタノール(4ml)に溶解させ、そしてこの溶液を1mlの2.5%メタノール性KOHで処理し、そして室温に2時間保つた。水で希釈しそしてエーテルで抽出すると、前記ビタミンおよび前記式Ⅳ(ただしその17一位にはビタミンD3における相当する側鎖を有する)のブレビタミンジオールが得られた。これをシリカゲル(製剤用薄層クロマトグラフ)(8%MeOH-CHCl3)上で分離すると、13mgの前記ビタミン(Rf0.35)および8mgの前記プレビタミン(Rf0.31)が得られた。このビタミンをエーテルーペンタンから再結晶させると、微細な無色針晶m.p.132~133°(加熱速度1°/4秒)、m.P.128~129°(加熱速度1°/25秒)が得られた。紫外吸収(エーテル)λmax264nm(20200)、λmin229nm(10800)。吸光値には9%の誤差があるが、λmax/λmin比は1.87±10%である。〔α〕200D(エーテル、C~0.3%)+26°±2°、〔α〕200D×(264nmにおける)吸光係数の積約5.2×105±10%、νmax(CHCl3)3700、3500、1600~1650、1040㎝-1。NMR(d6アセトン)H6+H7δ6.20(外見上J-11.5Hz)にABカルテツト、H19δ4.92およびδ5.37ppmに2個の細い1-プロトンマルチプレツト。前記ブレビタミン(λmax260nmおよびλmin232nm)(11mg、2回の別々の照射より)を脱酸素したイソオクタン(8ml)に溶解させ、そして75°に1.5時間加熱した。前のようにして製剤用薄層クロマトグラフにより単離すると、更に4.6mgの前記ビタミンが得られた。ここでは分解が起つており、実際には前記プレビタミンは残つていなかつた。1α-ヒドコキシビタミンD3に対する分析は、実測値C80.6%、H11.04%。計算値(C27H44O2)C80.9%、H11.07%である。

参考例 3

経口投与可能な1α-ヒドロキシビタミンD3

組成物

(a) 1α-ヒドロキシビタミンD3カプセル

1α-ヒドロキシビタミンD3を抗酸化剤として0.1%w/wプチル化ヒドキシアニソールを含有する低過酸化物の滅菌落化生油に溶解きせると、40μg/mlのビタミン濃度の溶液が得られた。得られたこの溶液の1/4ml分量を慣用の技術によつてゼラチン中に封入した。薬量は1日当り1~2カプセルである。1α-ヒドロキシビタミンD3を2.0μg/mlおよび4.0μg/mlの量で含有する溶液のそれぞれからも上記の方法により同様にカプセルが調製された。

(b) トリービタミン製剤

次の成分を含有する錠剤を慣用の技術により製造する。

ビタミンA 4000usp単位

ビタミンC 75mg

1α-ヒドロキシビタミンD3  0.2~1μg

この製剤は場合によりまた1mgの弗素を生理学的に許容しうる弗化物塩として含有していてもよい。

(c) デカービタミン製剤(成人用)

次の成分を含有する錠定を通常の技術で製造する。

ビタミンA 25000usp単位

ビタミンB1  10mg

ビタミンB210mg

ビタミンB6  5mg

ビタミンB125μg

ビタミンC 200mg

1α-ヒドロキシビタミンD30.2~1μg

ビタミンE 15IU

パントテン酸カルンウム 20mg

ニコチンアミド 100mg

この錠剤は場合により1mgの弗素を生埋学的に許容しうる弗化物塩として、そして/または次の元素すなわち

銅 2mg

沃素 0.15mg

鉄 12mg

マグネシウム 65mg

マンガン 1mg

亜鉛 1.5mg

を包含するミネラルコンプレツクスを生理学的に許容しうる塩の形で含有していてもよ。薬量は1日1錠である。

(d) デカービタミン製剤(幼児および小児用)

次の成分を含有する錠剤を慣用の技術により製造する。

ビタミンA 5000usp単位

ビタミンB15mg

ビタミンB25mg

ビタミンB62mg

ビタミンB1210μg

ビタミンC 100mg

1α-ヒドロキシビタミンD3  0.2~1μg

パントテン酸カルシウム 3mg

ニコチンアミド 30mg

この錠剤は場合により生理学的に許容しうる弗化物塩または前記(c)に列記した量のミネラルコンプレツクスを含有していてもよい。薬量は1日1錠である。

(e)家禽用餌料組成物

1a-ヒドロキシビタミンD3の40mcgをエタノール(100~500ml)中に溶解しそして得られる溶液を2kgの粉砕した石灰石でスラリーとする。次いで、スラリーを撹拌しつつエタノールを減圧下に除去し、得られるビタミン含有固状物を家禽用餌料に餌料kg当り20gの割合で添加する。

別表

温度(℃)

平衡状態における含量比 プレピタミンD3(%) ビタミンD3(%) t

-20 2 98 16年

0 4 96 350日

2 7 93 30日

30 9 91 10日

40 11 89 3.5日

50 13 87 1.3日

60 16 84 0.5日

88 22 78 0.1日

100 28 72 30分

120 35 65 7分

特許公報

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特許公報

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